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博多でヌードルカレー 東京で東池袋大勝軒直系を 仕事も人生も五里霧中でそろそろ隠居か

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もう相変わらずの博多なんですね。そろそろブログタイトルを「博多通信録」に切り替えたほうがいいんじゃないかとさえ思う。福岡空港へのアプローチは市内中心部を通過するから、おかげで博多市内には高層ビルがない。なんとなく街中にのんびりした上品な雰囲気が漂うのは、超高層ビルが威圧していないからかもしれない・。



今回の仕事は、ブレイクタイムがそこそこあるので、お昼くらいは外に食べに出ることができた。出前や弁当も続くとさすがに空きますからねえ。スリランカ系のカレー屋で、「ヌードルカレー」を。ビーフンをぶつ切りにしたものがカレー汁にぽこんと、仏様のご飯のように盛られている。こいつをまぜこぜにしながら、スプーンでいただくのですが、舌触りがご飯のようにソリッドでなくて、カレーとのなじみが「あれ?」と思うほどにナッチュラルで、気に入ってしまったかも。

翌日の昼飯は大名の「だるま」にて、海老天定食1300円。何しろ海老天・エビフライが大好きなので、巨大エビ3尾入りとあれば、多少の出費くらいなんのその。揚げたての海老天にご飯に塩辛に。仕事が忙しくって、辛くて、心が折れそうになっても、体重は増えるばっかりだからちっとも同情されない。損だよなあ。


仕事が終わって、それから場所を変えてちびちびやりながら、明日以降の進め方を話し合っていたら、それはもう大変な時間に。屋台とか終夜営業の居酒屋なんかに出かけると、朝の飛行機に乗り遅れる可能性があり、ホテルの部屋でぐいっと空けて、多忙な1日を強制終了とする。


早朝の博多〜東京便に。朝飯代わりの塩豆大福。これ、博多でいろんなお菓子を土産用に買ったり、休憩時の御茶請け用に試したりしたのだけど、今のところはマイベストですね、ほのかな塩味がたまりません。普段、「甘いものなんか食えるか」などとうそぶいている私が、心からオススメしたい銘菓であります。


仕事も人生も五里霧中なら、ヒコーキに乗っかっていても霧の中。いったい私は57歳にもなって何をしているんでしょうか。なんかもう、引退とか隠居とか、そんな言葉しか浮かばない。


でも悔しいことに胃腸だけはやたらに丈夫で、食べる量は減ったものの、お腹はきちんと空くんだよなあ。東京は小伝馬町の「大斗」で煮干し味のラーメンを。いわゆる東池袋大勝軒直系の、由緒正しい東京ラーメンで、博多とんこつはもとよりお気に入りだけど、醤油の渋みが…

博多、看板も暖簾もない謎のラーメン屋。男の事情。精が尽きたら焼肉や!

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博多には面白いラーメン店もあったもので、この店、看板も暖簾もない。写真左サイドにぶら下がっている青いバケツがあれば開店、なければ閉店となる。店内写真撮影一切厳禁。ラーメンはまずスープを味わうことから始めないと「退場!」と言われて店外に追い出されるのだとか。
どんだけ厳しい雰囲気なんやろかと、恐る恐る入店してみれば、確かに店内各所にそのような注意書きは張り出されているものの、店員の態度は明るく、店は清潔で。おまけにかなりこっくりとしたスープは記憶に残るレベルでした。


定宿である「ドーミーインプレミアム博多」で、ナトリウム分の濃い天然温泉が湧いていて、私のようなくたびれた初老男にはもってこいの宿である。


ただ何をやりたいのか意図不明な摩訶不思議な朝食を出すので、そちらはご遠慮して、天気がいいと川端通を散歩がてら、24時間営業の「はかたや」へ出向いたりする。


味玉と高菜を追加したって、500円そこそこにしかならない。昔ながらのあっさりとした豚骨なので、朝からでもじゅうぶんイケます。


博多から早朝に東京へ飛ぶという、なかなかにありがたいスケジュールの日もあって、改装中の福岡空港はろくなテナントが入っていないけど、「因幡うどん」はいい感じだと思う。細麺のざるうどんは、博多にしてはくっきりと歯ごたえがあって、朝の目覚めに嬉しいものでありますね。


博多から東京へ飛んで行って。フライト中はほとんど爆睡しておりました。その理由だけはここに書くことができない。男には男の事情ってもんがあるんです。うひひ。


東京でエンヤコラサの仕事を終えて、フーッと気が抜けた感じで、そのまま大阪へ。色々と精も根も尽き果てた数日間でございました。


色々とお疲れになったので、天満はその名も「精竜」なる焼肉屋へ突撃。ここの塩タンはコリっとした歯ざわりがたまりません。テッチャンも、ハラミもいけます。


仕事は不調。不眠症は悪化。おまけに家庭崩壊。

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イライラと不安が募る毎日なのです。仕事もうまくいかないし、不眠症もしつこいし。家庭はもとより崩壊しているし、ゴルフをやってもOBばっかりだし。そういう時はスパイスの効いた食べ物で発散するのが一番なんで、インデアンカレーへ。甘くて辛い摩訶不思議な大阪独特のカレーで、関西人にとっては、嗜好品というより信仰の対象と言って良いんじゃないかしら。

しかしインデアンでは刺激のレベルがまだ不安感解消とまでいかないので、その翌日には「肥後橋南蛮亭」へ。夜は焼き鳥屋になるこの店の、辛いレベルから「痛い」レベルの地鶏カレーを食すると、ある種涅槃の境地へといざなわれます。


やっぱりくたびれてもいるんだよな〜レバニラくらいじゃ解消しないや。ってわけで焼肉へ。安いのが取り柄で、肉質はまあまあな店だったんだけど、しばらく来ないうちに、クオリティが低下しましたね。店員も以前に増して投げやりだし。余計にストレスが溜まってしまった。


仕方ないから朝からスタミナもりもりと参りますか。天神橋筋6丁目の「十八番」は大衆中華の名店なのだけれど、朝飯の充実でも有名で。


500円そこそこでラーメン丼サイズの豚汁に、丼飯、生卵に納豆、さらに韓国のりをつけて。かつては天神橋筋5丁目にも大きな店があったのだけど、そこは激安ステーキ屋になってしまって。だけど朝からガツンとメシを食うと気分いいですね。


ちなみに私は独身なので、すでに家庭はすっかり崩壊しているのが前提なのでした。

相変わらずの博多ナイトは屋台を区切りに。

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博多は夜が深い。中洲のスナックが閉店しても、まだ屋台が午前2時頃まで営業しているので、ついついフラリと寄ってしまうことになる。博多独特の小ぶりな餃子と焼酎がこれまた小腹の空いた時間に(身体に良いわけないけれど)ぴったり来るのですね。


恐ろしいことに定宿の裏手には24時間営業の居酒屋なるものがあったりして。朝定食とかランチもやっているけど、アルコールやツマミも同時に提供しているから、いつの時間に行ってもきちんとビールのジョッキを傾けている客がいる。


金曜日の夜に博多で仕事が終わって、あとは翌日に大阪へ戻るだけ、などというエンドレスナイトだと、こうやって午前4時に冷奴で麦焼酎を傾けている自分を発見したりする。後が辛くなるのがわかっていても、こうやって愚行を繰り返すので酔っ払いというものなのですけれど。


11時のチェックアウトで、なんとかヨロヨロとホテルから這い出して、博多駅でブランチをとります。二日酔いにごってりとしたとんこつラーメンというのも、ある種のショック療法で、奇跡的回復を招来することもあったりして。もちろん、壊滅的打撃になることもしばしばありますが。


帰阪して、仲間うちのゴルフ。ドライバーの不安定は相変わらず。しかし青空の下で飲むビールはなんとも言えない快感ですね。極楽浄土とはこんなところなのかもしれない。

ちょっとくたびれ気味なので、ゴルフの後はレバニラ&餃子で。レバニラ炒めは大阪王将が美味しくて、餃子はやはり学生時代から食べつけている本家京都王将の方が口に合う。一緒になってくれれば良いのに。

妻が秘密。隠しごとの立山連峰。

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風薫る五月とはいうけれど。スミレの花が咲く頃ではあるけれど。思い立って連休は富山へと出かけることにした。7年間住んでいたうちでも、こんな晴天なかったような。この絶景を見ながら何をしていたかは、ちょいと秘密。別に法に触れるわけじゃないけど。


魚津から富山地鉄に乗って、立山まで行ってきた。地鉄富山駅で。手前が元西武鉄道の特急「レッドアロー」で、真ん中が元京阪特急、奥が元東横線で、あまりに「元」ばっかりで、どっかの政党の立候補者みたいだね、蓮舫さん。富山に住んだ頃は会社の窓から見える鉄橋にレッドアローが走っていてびっくりしたものだった。


大阪は南森町にある「麺屋じゃんぷ亭」へ。もやしいためラーメン煮卵のせ。家の近所にある有名店なのだけど、行ったことがなくて。旭川ラーメンなのだそうな。旭川の「蜂屋」とかで食べたのとは違うような気もするけど、旭川へ行ったのってもう20年以上前だから、記憶の方が間違っているのでしょう、きっと。


こどもの日には、高校の同窓会ゴルフで猪名川グリーンGCへ。なんつーか、高低差がすごくてスキー場みたいなコースは魚津国際CCが日本一だと思いきや、我が故郷にもっとすごいところがあるとは。いやまあ凄すぎて、も一度挑戦して見たいっす。

夜の宴会では、孫の話やら嫁の話やら。あとお定まりの不健康自慢大会があって、独身で嫁どころか妻も子もない私にはいささか疎外感もありましたが、でも上下左右を気にせずに馬鹿言って笑えるのはいいことですねえ。


連休が終わるやいなや、as soon as 東京へ。定年も近いことだし、最後のご奉公シリーズのお仕事だと思って、精一杯やっている(つもり)。


開高健の同僚であった元寿屋宣伝部、小玉武による開高健の評伝を読んだ。まあよく調べたもんだ。あの傑作「夏の闇」に出てくる「女」はモデルが実在すると言われているけれど、私は複数の女性が合成分解されたものだと思っていた。著者の見解も同じだった。私の見立てでは「女」の3割は開高夫人である牧羊子なのだけれど。

谷沢永一などによって、牧羊子はクサンチッペか夏目鏡子以来の悪妻ということにされている。でも、私は開高が実は生涯にわたって最も「可愛い女」と思っていたのは牧なのではないかと推測している。


私もいつか幽冥界へと旅たつ日が来よう。その世界でもし開高に出会うことがあれば、聞いてみるつもりである。
「オ…

長寿健康なんて知るもんか。糖質ダイエット、なにそれ? 2017年の4月を一気に総括するのだ。

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先日、秀逸なコピーに出会った。「ボケる前に死ね」全くその通りである。感銘したので4月は当欄の更新もせずに不健康を追求した。

東京へ。寿司屋で安く食べるには、寿司を食うのに限るのであって、多少の酒と寿司だけをいただく。驚くほどリーズナブルになる。


一旦大阪へ戻って博多へ。そして博多から東京へ。羽田空港の国内線スポットになぜかスペイン国王の専用機が駐機していた。デザインがシンプルにして上品かつ上質で、ZARAの服みたいだ。


お出かけばかり続くから、たまに帰宅すると新聞受けがこんなことになる。まとめて読む気ににもなれないから、日曜版の書評と月曜版の「毎日かあさん」だけを読む。というか私が毎日新聞を愛読する理由はそれだけなんだけど。


酔っ払うとなぜか炭水化物が猛烈に欲しくなる。「餃子の王将」が開店している23時までにできあがると、気がついたらカウンターで炒飯と向き合っている自分を発見したりする。一口だけで止めようと思っても、気がつくと全部平らげていたりして、なぜか魔術的なウマさがあるんだな。


なんでトランプが大統領になったのか。岩波新書の「トランプ王国」を読むと、アメリカにおけるマジョリティはNYとかLAにあるのではなくて、アパラチアとか、いわゆる「田舎」にあることがよくわかる。
アメリカ人気質がどう形成されたかについては、これは「もっともアメリカ人らしいアメリカ人」と言われるマーク・トウェインをひもとくのが最善の道である。と、喝破したのは尊敬する文豪開高健だった。


健康や長寿はfuck off としても、スタミナは欲しい。57歳、食欲だけでなく諸欲旺盛なので、レバニラ炒めも餃子も大好物なのだ。さらに白飯をガツン!といただく。おフランス料理でワインとかいうより、舌と肉体は確実に喜んでいますね。


またまた東京へ。なぜか私が新幹線に乗ると、隣にうら若い美人が座ることが多くてね。そうなるとイビキかいて寝るのもためらわれるし、漫画週刊誌を広げてムフフとひそやかな笑い声を出すのさえ遠慮してしまう。そんなストレスを3時間近くも感じていたくないから最近はヒコーキを愛用しておるのです。


東京から富山へ。何しろ富山県民7年間だったから、行きつけの寿司屋などもありまして、旬のホタルイカを。湯がきたては、やはり年に1回は味わいたい逸品であります。


かつての住まいがある、松川べりは桜が満開だった…

「カレーの王子様」金沢〜富山へ。衝動的カレー作り。

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「越中通信録」などと標榜しながら、二ヶ月ぶりの富山行き。ようよう57歳となった身体を預けるのは、ありがたいことに新型のサンダーバードで、乗り心地が旧型と明らかに違う。「ザクとは違うのだよ、ザクとは」などとひとりごちつつ北陸路を進んでいく。

金沢で途中下車。一仕事して主計町で夕食を済ませ、片町にある懐かしのバーへ。ただ富山でも顔を出したい店があり、金沢〜富山とハシゴ酒へ。「僕にはまだ帰れる場所がある。こんなに嬉しいことはない」なんて。やはりファーストガンダム世代ですな。


まだまだ回りたい店はたくさんあれど、次の日にヘビーな打ち合わせが入っていて、さすがに桜木町は二軒止まりにしてホテルへ戻った。桜木町から松川を越えれば、たった1年前まで住んでいたマンションがあり、なんとも複雑な気分ではあります。

打ち合わせ準備で午前が費やされ、回転寿司の「粋鮨」に行きたかったのだけれど、かつてのオフィスにほど近い「サンカレー」で、金沢風の濃いカレーを瞬速でかきこんだ。


カレーってどうしてこんなに尾をひくのでしょう。その土曜日、朝起き出した時から猛烈な「カレー作りたい」衝動に駆られてしまって。午前6時半からタマネギを炒め始め、合間に洗濯掃除をこなしながら、9時半には完成をみた。

飴色になるまで炒めたタマネギに、和風のだし汁(いつもまとめて鰹と昆布でとってある)を注ぎ込む。別鍋で人参と豚こま肉を炒め、カレー粉と小麦粉を振り込んでおき、それをだし汁に加えて、ざっと1時間。味の調整は、市販のカレールウをくずし入れながらトロミと洋風味を加減します。トマトペーストとかブランデーとかで細かい演出をしながらさらに1時間。

賞味期限ギリギリの卵が一つ余っていたので、薄焼きにしてご飯にトッピング。印洋和が混然となり、まあ本人はうまいうまいと言ってるんだからいいとしますか。


しかし自分でカレーを作った翌々日には、仕事のせいで時間がなかったからなどと数日前にほざいていた言葉を繰り返しつつ、ドーチカのインデアンカレーに詣でているんだものなあ。我ながら随分と年季の入った「カレーの王子様」ではありますね。