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桜は咲く。

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梅〜は咲いたか桜〜はまだかいな・・を教えてくれたのは花見小路は「叶家」の女将だった。新入社員に毛が生えたくらいの年頃に祇園やら木屋町やら先斗町をうろついていたのだから、ロクなもんになるわけがない。などと振り返りつつも、そして今年も桜は咲く。例年よりも随分と早く開花した。佳人とともに夜桜見物。


南森町というか大阪天満宮差し向かいの我が家から、大川べりまでは歩いて数分。抜糸後の慣らし運転も兼ねて、花見散歩と出かけてみた。


今年の桜は厳しい冬の後にイッキであったかくなりましたもんねえ、弾けるような満開となりました。そういえば2年前、富山にしては異様に早い開花で満開となった松川べりの桜に見送られるかのように大阪へと引っ越してきたのでした。


帝国ホテル前も満開で。そういえば2月の人間ドック(帝国ホテルクリニック)で緑内障を指摘されたのだった。昨年末の右足中指骨折、左手薬指のバネ指に引き続いて、まあ還暦を前にすると色々と出てくるものなんですね。


抜糸後1週間で、軽い運動もOKとなったので、ゴルフの練習を再開した。縫合跡がこれくらいのことで開いたりするわけがないのだけど、どうしてもスイングが怖々としてしまうんです。4月10日に予定されている入院後初のラウンドはいかがなことになりますやら。


人生がいよいよ老境に入ってきて、それでも毎年桜は咲く。平均寿命からいくとまだ20年以上も生き延びるようなのだけど、どうだかな。そこまでの生命力があるように自分では思えない。といってあと数年くらいで尽きるとも思えないけど。


酒池肉林世界への復帰。あっけない抜糸。

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抜糸が無事に終了した。3月20日のことでもう半月以上も前なんだけど。診察室のスツールに座って「後ろ向いてください」「ハイ」「背中開けますね」「ハイ」そのあといきなり縫合している糸が持ち上げられる感覚がして、チョッキンチョッキンとあっという間に糸が外されてしまった。消毒も何もなし。
「お酒や軽いウォーキング程度なら今日これからで大丈夫です。ゴルフは術後1ヶ月、4月9日以降にしてください」と言われて放免されて。

あれ嬉しやと、その晩は佳き人と乾杯。ビールの泡が一粒づつ血管に染み込んでいく。私は戻ってきた。いざ、酒池肉林の世界へ。

抜糸の翌日は独りで夕食。これは王将で餃子にすると決めていた。なんと言うか史上最強のペアでありますね。


まあ昼間っから飲む趣味はないので、相変わらずお昼ご飯はサバです。1ヶ月サバを食べ続けて中性脂肪が半分になった話とか(私の中性脂肪値は上限プラス少々なので別に問題ではない)、週に3回以上サバを食べること半年、とても寂しい白髪頭があれよあれよと黒くフサフサになった話だとか(こちらは深刻な問題であり、真摯に対処したい)まあ色んな課題解決の事情もあってサバなのであります。これからもしつこいくらいお目にかかると思いますが、そんだけ厳しい事情があるとご厚情を賜りたき次第。


アルコールが解禁になって嬉しくて、記憶が飛ぶほど飲み回って、知らぬうちに「天下一品」を襲撃していたらしく、ケータイに画像が残っていた。1978年から87年までを京都で過ごした人間として、王将と天下一品は切って切り離せぬ存在であります。貧乏学生と安サラリーマンにとってまさしくネ申みたいなもんで。


意識なく天一を平らげた翌日。土曜日だったのだけど、二日酔いでふらつく頭と胃袋に一喝をと、天六の「揚揚」で汁なし担々麺を。唐辛子と山椒をボカスカぶっ込んで、辛いくて痺れるマゾ環境に。いやはや行きつけの歯医者での麻酔より効きますね。


その担々麺屋さんの隣に、こんな看板が。「理容室・男の専科・貴公子」「最新技術・ソフトアイロン・現代感覚のヘア・ソフトウエーブで」「アイパーでもないアイロン登場」「パンチでもない高性能」「ソフト感覚・カットアイロンコース6700円」とある。サバ様のおかげでフッサフッサの髪になったら、一度身を委ねに行ってみようか。


プチ禁酒法時代。

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ちょっとした禁酒法時代であったのである。入院から抜糸まで。ざっと半月。まあ公式には酒をたしなみはじめたハタチの頃から、10日くらいの禁酒はあったけれど、半月というのは最長でありました。
ただ、昔とちがって「よくできたノンアルコールビール」があるので食事の友には苦労しない。ホウレン草のナムル、新玉葱と牛細切れ肉のすき煮風、ナッパと薄揚げの炊いたもの。こんな酒飲みのアテを、ノンアルコールビールを啜りながらいただくのである。結構いい気分になったりするから不思議で、ある種のプラシーボ効果なのかも知れないね。


外食したって禁酒なのです。お医者様のいうことはキチンと守るほうで、まあ不測の事態を起こしてしまったら、あらゆる意味で痛い思いをするのは自分自身だもの。焼鳥屋で。生ビールをごくりごくりとやっている相方を横目に、いい勢いでノンアルコールビールが進んでいく。ほんのりいい気分にはなるのだけど、アルコールが入っていないせいなのか、やたらに体が冷えるんですね。トイレに通う頻度が並みじゃない。


まあ、半月ぶりに近所のビストロでビールを飲んだ時の感激といったら。全身が歓喜の波にふるえるって、ああいうことを言うのね、きっと。

退院明け、ラーメンと激辛へ。そして帰るところはサバの塩焼き。

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まあ大した入院でもなく、大した手術でもなかったけど、病院食は減煙と低カロリーが売りものだから、麺類とか激辛系は出てくるわけがない。おかげで退院後はしばらくそんなものが続きました。これは裏天満のサバ6製麺所のラーメンだな。開店後間も無く行列店になり、レシピを外食資本に売り渡して、あっという間にチェーン展開してしまった。でも味はしっかりしているんだよねえ。


こちら天六の汁なし担々麺「揚揚」で、唐辛子と山椒は1倍〜5倍まで指定できる。山椒を3倍以上入れると、歯医者の麻酔より効いてまいります。私は辛さ・シビレともに4倍をいってしまうから、なかなかに大変なことになります。かつて四川省は成都市におもむき、元祖麻婆豆腐を食べて、椅子に座ったままで天井まで飛びそうになったことがあるけど、
カラさとツラさには、人間慣れていくものなのね。


辛いほうで言うと、堂島の路地にある「まん馬」のズンドゥブも、ごらんのように血の池地獄状態で供される。こいつも「大辛」で注文する。二日酔いの時なんか最高で、頭脳と胃袋が同時に活性化されてまいります。


ようやく世間に復帰してきて、ラーメンも激辛もいつでも食べられるんだと、安心感が固着してきた頃には、自分なりの「常食」に戻ってまいります。ここ1年ばかり、私の場合その指標が「焼きサバ定食」の摂取率で、世の中で今のところ一番にホッとできる食べ物であります。かつては肉だったんだけどなあ。まあ還暦前ってことなのかもしれない。


退院うれしや。やはりラーメンに突撃。しかし引き続く禁酒生活。楽しみは自炊から。

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たった五日間だけ入院したのだけど、退院後に何が食べたかったって、ステーキや寿司などでなく、アツアツのラーメンだったというのが何ともはや。「天一更科」の和風ダシが効いたうどんなのか中華なのかわからない不思議な味なのだけど、熱いものと麺類に飢えていた身体に染み込むのなんのって。

12日に退院してから20日の抜糸まで、禁酒を言い渡されてしまった。入院期間と合わせて2週間。過去28年で最長の禁酒日数である。傷口が化膿したりして再手術なんてとんでもないから、きちんと守ることにした。
外食でそそくさと済ませて、長い夜を悶々とするのも嫌なので、時間つぶしを兼ねて自炊に励むことに。一汁三菜ならぬ一汁二菜である。


堀川戎神社ちかくの名店「てんま」は大阪うどんらしく、カツオやウルメの出汁がとても効いている。 その出汁を味わうには「きつね」が一番なのだけど、カレー汁の誘因力にはどうしても勝てなくて。 今回の入院に限らずいつも人生全般をお助けいただいている、格別なる人物が「きつね」をご発注されたので、シェアしあうことで口福倍増。

退院から抜糸までの8日間、まあこうやってこまめに作っておりました。この日のメニューでは大根のいちょう切りをごま油で炒めて、鶏のコマ切れを足して、出汁と砂糖・酒・みりんで炊き、薄口醤油で味を加減して、煮詰めたものが我ながら逸品。きっと焼酎の水割りなんかぴったりなんだろうなあと思いつつ、ご飯とともにいただきました。


また或る日は、新キャベツをざく切りにして、切れ目を入れたソーセージを並べ、白ワインとベイリーフを加えて一時間ばかりゆっくりと蒸し煮にいたしました。ビールがあったら昇天しそうなほどの出来栄えで、悔しがりつつノンアルコールで乾杯。最近のノンアルコールビールは本当によくできていて、この禁酒期間中にはずいぶんと助けになりました。
ノンアルコールといいながら、ほんのりといい気分になるのはプラシーボ効果なんでしょうね。


この間、まったく外食しなかったわけでなく、近所のビストロにも焼き鳥屋にもでかけました。いい飲みっぷりでノンアルコールビールを空けていったのですが、アルコールが入っていないせいか、飲んでいると「身体が冷える」んですね。皆様も禁酒してノンアルコールビールに頼られます折には、ぜひともひざ掛けをお持ちになることをお勧めします。


その、なかなかに格別なるお肩…

入院生活あれこれ。

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入院していると普段得られないものを得ることができる。その最たるものが「やり場のない時間」というヤツで。どこかに出かけるわけにもいかない。だいいち背中に縫い目あったり、点滴でつながれていたり。また院内はもちろんのこと禁酒禁煙だから(まあタバコはすわないけど)、それにともなう楽しみというのもない。テレビを呆然と眺めるか、本でも読んでいるか。私はテレビより本でした。

3月8日に入院して9日が手術、12日には退院してしまたので、まあスピード入退院ですよね。その間に上記の4冊。男性作家が1冊だけなのは、まことに昨今の日本文学を反映しておりますね。
人生は特記すべき大障害がそうあるもんじゃないけれど、それでも心が痛む小さなトラブルや行き違い、ボタンの掛け違いがたくさんあって、そんな小さな山やら谷やらこえて、生きていくものなんですね。4冊ともにしみじみと生きてあることの幸せを感じさせてくれました。入院にはもってこいのセレクトでございましたね。

あと病院生活のアクセントというべきが3度の食事で、わたしは内臓系じゃなかったから「常食」だったけど、それでも相当に塩分が薄くて、若干高血圧気味にはいい療養になったかも。ただいくら入院しているからって、嫌いなものには断固として手を出さない。牛乳。りんご。バナナ。みかん。近代栄養学がなんといおうとも。


手術して縫合したあとには、こういった「消毒済みガーゼ」を貼ります。別に消毒液とかつけないのね。手術の翌々日からはシャワーも浴びるように指導され、現代の医学では縫合痕を密封するのでなく、よく洗って通気性を持たせて乾燥させることになっているようです。


病室はこんな感じで、14平米ほどの個室。独身なので何があるかわからないから、入院保険とかいろいろ入っておいてよかった。PCもケータイも使い放題だし。まあ病衣を着てPCにむかって点滴うけつつ仕事するのはいかがなもんかとも思いましたけど。おまけに窓からはオフィスが見えるし。



それでも大過なく退院することができ、抜糸まで1週間の禁酒といオマケまでついたけど、無事に20日には抜することができました。病院スタッフの皆様のおかげであります。感謝。

人生初の全身麻酔。

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3月9日。いよいよ手術の日である。人生初の全身麻酔手術。朝、テレビ用のプリペイドカードを買いに病室を出たら、ドアの横にこんなものがぶら下げられていた。「いよいよ」感、ありますよね。


朝の検診のときに、ベッドボードにも酸素吸入セットが。胃腸を空っぽにしておかないといけないので、朝飯は抜き。10時以降は水分補給も禁止。手術開始が13時で、終了予定が15時。そのあと3時間の絶対安静があって、つぎに水分を口にできるのは18時になる。手術後の自分、が全くイメージできないので、使い古したセリフですけど「まな板の鯉」そのものです。


酒飲みには麻酔が効かないとか申しますが、現代医学は進歩しておりまして、点滴を入れられて、マスクを被った・・と同時に意識を失い、次に看護婦さんに起こされたら手術は終了しておりました。術後3時間の絶対安静が厳しかったですね。痛いわけじゃないけど、身動きできないし、あちこち管で繋がれているし。


手術部位が腰で、脂肪腫の撤去という、どちらかというと予防手術であり内臓に何の課題もないから、術後の夕食はいきなり「常食」で、ハンバーグなんぞ出てまいります。10年ほど前に腎臓の手術(これは部分麻酔)をした時には術後二日ほど重湯からお粥であって、おかげで3キロくらい体重が減ったのだけど。


手術が終わってから、三日ほど経過観察をして、自分一人でガーゼを取り替えられるように要領を覚えてから退院した。患部が背骨に近いので、洗面所の鏡くらいだとなかなか患部を視認できない。帰宅してまずやったことはアマゾンに姿見を注文することでした。独身のおっさん宅には、そんな気の利いたものは置いてなかったのです。