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12月, 2009の投稿を表示しています

深刻なる問題

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ブロガー殺すに刃物は要らない。PCが不調になれば更新は不能となる。 そうなんである。困ったことにマウスが動かなくなってしまっていたのだ。しかも旅先というか帰阪先のホテルの一室ではマニュアルもありはしない。せっかくモバイルノートを持ち歩いていても、これでは単なる「航海中不要」のデッドウェイトでしかないではないか。 もちろん、パッドで指先ドラッグの手段もあるのだけれど、寒空の下でのゴルフで指先がシモヤケになっていて、微妙な感覚が生かせないのである。そうだ、パッティングが乱れて3パットを連発したのもそのせいに相違ない。                    こいつがホテルのテーブル上で動作不良を起こした光学式マウスである。大阪駅前第4ビルの地下にある激安ショップで525円にて一昨年に購入したもの。南森町で・旅先で・越中の新本拠でと軽やかにドラッグをしてくれていたのだ。 ネット社会のありがたさである。 「マウス不調」でググってみたのだである。なんと23万件もの相談がネット上でおこなわれていた。痛む指先で不器用に情報を収集したところ、「おしえてgoo」にいい回答が出ていた。 『光学式マウスを白色のテーブルなどで直接に使用すると、機能不調になることがあります』 文字通りのことをしていたわけで、ためしに手近にあった雑誌をしたに敷いたところ、これが見事に功を奏してわが税抜き500円の光学式マウスが完全復活したのだ。 諸君。夜明けの来ない夜はない。明日という日は明るい日と書くのである。 奇しくもあすは元旦正月。故郷北摂で新年を迎える私は、清和源氏ゆかりの多田神社に参詣し、自分のみならず、ここの雑文をご覧になったことのある方々すべての御多幸を祈願する所存である。みなさん、よいお年をお迎えください。

コドモの国

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不景気か? 不景気だ。 赤玉ポートワインを飲んでいるかネ? 飲んでない! そうだろう。 出た オラガビール。 飲め オラガビール。 メディアとりわけ広告が元気でないと世間まで活力を失う。片岡敏郎の強いコピーワークは世紀をまたいでいまだにその活力を失わない。つまらん日常を送っていても、やるなこいつ元気だなと思わせる言葉があると、ひとつ頑張ってみるかと腰を上げる気分になる。 あらゆる場面でホンネが語られることが減少し、クレームを恐れて回りくどい表現や言い逃れを忍ばせながら、文脈を複雑化させる。自己責任を明確にせず、とにかく言質をとられることを異常に怖れる。嫌な風潮である。 献金問題における首相の答弁は、秘書関係者に罪を擦り付ける卑劣さは政治家に特有の責任回避なのかも知れないけれど、冗長な言い回しと論理を細かくすり替えながら基本的問題から逃避する態度に、幻滅を軽蔑を覚えずにいられなかった。 きっと子供の頃にいじめられっ子であったことがあるに相違なかろう。 誰にも嫌われたくなく、全方位にご機嫌を取るものは、やがて全方位から石もて追われるものである。そんなに人気者であることに固執するなら政治家をやめて宗教家にでもなるがいい。                            師走の富山市内 市内各所にこうやって塩引きの鮭とか鰤を干す風景か見受けられるようになった。いっぴきの鮭・鰤をあがなって、家族全員で余すことなく食べきってしまう正月。じつに豊かさを感じさせてくれる風景である。大振りの鮭がだいたい6500円。鰤は12000円。 本場に来ればおいしいものは正しく美味であるけれど、決してお安いものではない。でも、美味なるモノにはそれなりの対価があってしかるべきではないか。何でもかんでも気楽な値段で求められる社会は、実は商品をリレーしてきてくれる人々への報酬を値切って貧困を再生産する社会でもある。 モノに対してキチンとした値段があることがオトナの共生である。                                                                    

Happy Christmas

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For weak and for strong The rich and the poor ones The road is so long So happy Christmas For black and for white For yellow and red ones Let's stop all the fight A very merry Christmas And a happy New Year Let's hope it's a good one Without any fear 来年は、ここ越中にも・日本にも・世界にもいい年になるといいですね。   私がこんなブログなんぞ始めたのは、ひとつには新天地である越中での暮らしを書き留めておこうとするためでした。そしてもうひとつ。エクセルの表計算ひとつできないPCオンチの中年男でも、なんとかソーシャルメディアに参加してみたいと思ったこと。インタラクティブメディアの世界では単にサイトからサイトへと漂っているだけでは、いつまでたっても傍観者でしかないから。 この年末も、来年も阿呆全開で世間をタテ・ヨコ・ナナメに捉えながら、このページを更新していきたいと思います。   偶然にもここへおいでの方々に。   神の御子様の誕生日に。   Merry  merry christmas  and happy new year.  

鎧は白いのである。

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寝ぼけマナコを覚醒させるのに雪国の冬は最適かもしれない。昨日、暮色に雪の反映がきれいな富山市に帰ってきて、やっぱり北国の冬は見るに耐えるもんだと思った。コンビニの駐車場で、街灯に反射する掻き寄せられた雪の反映に、空から落ちてくるぼたん雪が照らされてこれもいいもんだと。 雪国の朝は静かなものである。真綿の切れ端を重ねたような、ふうわりとした結晶は音を吸い込むらしく、市街電車の鉄輪がきしむ毎朝の騒音が届いてこない。寝起きにベランダに立って撮影した松川沿いの風景である。いきなりこんなものを見せられれば誰しも覚醒するんじゃないか。 会社へ行くのに、矛盾する表現だけど短いゴム長を履いて路面を探りながら歩いた。車の轍をたどって歩くのが一番歩きやすいのだけど、後ろからクルマがやってくると道を譲らなければならない。それは掻き寄せられたために50センチ近くも盛り上がった、雪の壁を踏んでいくことになる。私のショートブーツはノリ面が20センチほどしかないので、すねの辺りまで足がのめりこんでしまう。 スラックスをゴム長にたくし込んで歩くのがどうしても視覚的・感覚的に許されなかったので、あたかも普通のクツを履いているかのように見える黒のショートブーツを買ったのである。それが旅の者が持ち勝ちなしょうもない見栄であることが判明した。 同じようにオフィス街を目指すサラリーマン同胞は、魚屋が履いているようなゴム長にスラックスの裾をたくしこんで、短靴を入れたスーパーの袋を持って歩いているではないか。所によっては膝丈までも積雪してしまったら、脛が濡れて冷えることを避けるためにも、その結果として冷たい雪片が靴の中に侵入してくることを防ぐためにも、ゴム長は必需品なのである。 白鎧々。ほんとは金偏でなくて白偏なんだけど、そんな響きがふさわしいような厳しい冷たさがあった。昼食を取りに出かけたとき、地鉄ビルのデジタル温度計は摂氏2度を表示していたのである。 やっぱりこれだけ積もるときはそれなりに寒いんやなあと、同僚を振り返るにあまりこの冷気に参っている気配もない。 「雪が降ったあとのほうが暖かいんですよ。昨日まで大阪にいたからじゃないですか」 こちらで寒いのは雪が振り出す前、霙加減の雨が強風とともに吹き付けてくるときらしい。摂氏での表示が同じ2℃でも体感温度が全く違うという。

雪国

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国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。かわたれどきの底が白くなった。 向側の座席から娘が立ってきて、島村の前のひび割れたガラス窓に目をやったあと、デッキに向かい、声を張り上げている。冷気が流れ込んでくるのも意に止めず、遠くに叫ぶように、 「駅長さあん、駅長さあん」 LED製と思しき昔でいうカンテラを提げて、ゆっくりと雪を踏んで来た男は襟巻きで鼻の上まで包み、耳に帽子のフリース布地を垂れていた。娘は 顔見知りなのか、新雪に覆われたホームを男を目指して駆けてゆく。降り積もった雪の色と呼応するかのような、透き通った白い頬が心なしか上気している。島村は人の偶然の出会いがめずらしく、臨時停車が長引く間にホームを散策する振りをして、二人の会話を何気を装いつつ聞いていた。 「私の席の前で突然ガラスが割れてしまったんですよ。おかげで今庄に臨時停車できて。駅長さん、富山の管理局から、役職定年でこちらに来られたんですってね」 「ああ葉子さんじゃないけ。とうとう帰ってきたこられたながですか。今日は随分ときつうに寒いちゃね」 「弟が来年からJR西日本で働かせて貰うことになっていて。いきなり今庄駅で勤務だって。駅長さんの下につけるって、喜んでました。お世話をお掛けしますけど」 「こんなとこ、若いもんは今に寂しくって参るにきまっとるがいちゃ。」 「まだほんの子供なんです。駅長さんから世間というものを教えてやって下さいな」 ・・・承前。本当に特急サンダーバード27号のガラスが割れたんである。今庄ではないけれど、おかげで敦賀の駅に15分ばかり強制半固定された。暖かい車中で半ば居眠りをしているうちに、ノーベル賞作家・川端康成の「雪国」の冒頭が頭をよぎった。 厳密に言うと、そのあまりに有名な出だしを山口瞳から東海林さだお、北杜夫に至るまで文体パスティーシュをした、和田誠の怪作「倫敦巴里」を思い出したのである。 この冬の第一寒波が北陸に到来した週末を、それなりに寒いけれど青空眩しき関西に逃れてやれ宴会だゴルフだと浮かれていた。いよいよ帰富するとなると、各種報道の伝える大雪ぶりに恐れをなし、気が滅入ってしかたなかったのは本音である。 でもいざ帰ってみると、街は融雪装置で舗装面や歩道に雪はなく、裏にきちんとトレッドが刻まれている靴をはく限りにおいて何の支障

小人閑居して

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道楽まじりにこうやってブログなんぞ付けているものの、師走の風は越中でヒマこいている窓際サラリーマンにもせわしなく吹く。会議忘年会出張年末挨拶回りと駆り出されているうちにすっかり更新が途絶えてしまった。ブロガー殺すに刃物は要らぬ、ヒマを取り上げてしまえばよいのである。営利目的でやっておられる一部のプロをのぞいて、寂しさのつれづれに青い便箋を黒のインクであなたに手紙を綴るほどの濃い人間関係がないから、自分にあてた手紙をこっそり他人に見せて、自分自身にお芝居をして見せているのである。でもそれに欠かせないのが自分の時間で、一回更新するにまあ一時間くらいかかるから、ヒマを持っていないとマメに更新ができないのである。 いしいひさいちの「バイト君」シリーズに、なつかしの成田空港闘争を題に取ったものがあった。二十数年前に読んだ記憶なので剥落・取り違えはご勘弁。バイト君所属するところの学生運動セクト「安下宿闘争連盟」が成田までデモに出かけて機動隊相手に、本人たちは闘争のつもりで、しかし機動隊員からするとくだらないいたずらにすぎない。つまらん手間ばかりかかって、面倒な相手でしかないような騒乱をくりかえすのである。 ある時、当の千葉県警に本庁の超エリートが来て、「安下宿共闘連盟?ありゃあ何の思想的背景もない、ブームに乗って成田へ来ただけの見物客みたいなもんだ」と断定したうえで、「やつらの資産をつぶしてしまえばおしまいだ」といって、アジトの前に看板を立てることを指示する。 「機動隊員募集・日給高給保証」。極端に貧乏なメンバーたちはこぞって日給に引かれて入隊してしまう。「ああいうアホはヒマにしておくと面倒だから、最大の資産である時間を取り上げてしまえばいいのだよ」とエリートがつぶやく。 ああ人間は資本主義社会において、時間と人格を売り渡しながら生きていくのですね。 富山名物細工かまぼこ これは慶事に欠かせぬもので、勤務先の広島営業所から忘年会の景品を求められたから謹呈したものである。勤勉にして冗談が時に通じないほどに日々真剣な富山県人が、お祝い事があるたびにかようなお笑い商品を取り交わすのである。贅六の分際ではこれが不思議でならない。 広島営業所長は私の不倶戴天の敵であって、ある種の敬意をはらわずにはいられない相手なのである。自前3000円を払ってでもその宴

いざ見参、冬将軍。我に備えあり。

けさの北日本新聞お天気欄を見るに、14日月曜日から木曜日までが連続で「雨または雪」となっていて最低気温も水曜からは氷点下である。金曜日にいたっては零下2度で「雪」。とうとう越中の冬がやって来た。 先週半ばから職場でも「来週はついに雪ですよ。はじめての北陸の冬ですね~」と言われていた。昨日など道路の融雪装置が試験運転していて、なにかがせまってきている雰囲気充分である。 夜はアルコール変調が効いていることも多いので、20代の頃から朝シャワー派である。たまに思い立って就寝前に湯をためて入浴することもあるけれど、それでも出勤前にはシャワーを浴びる。まあ煩瑣にして楽しき私事の世界から、資本にこき使われ人間疎外になりながらも日々の糧を得るための就労へと、次元を切り替えるための「みそぎ」として、修験者の水垢離・滝打ちにも似た神聖な気分で毎朝お湯を浴びているわけではもちろんありません。   まずは前夜の酒気を払うため。なんか薄ぼんやりしたまま出かけるのってやだし、もしも酒臭かったりしたらそれはもっと面倒だし。連日のごとく深酒不良をかさねてた30代まではもっぱらその意味で朝シャワーであった。いまも酒気払いは大きな理由のひとつではあるけれど。 やはり不惑の年をこえたあたりから、自分でも気がつくんですよね。あの「加齢臭」というやつが。若い頃オヤジの集団が乗った後のエレベーターに乗って、そのなんとも言えぬ不精臭とヘアクリームだかポマードの油くさい匂いと、さらにピクリン酸のかもしだす腋臭に嘔吐しそうになったことがあり、その体験がトラウマになっているらしい。 おのれが中年老年といわれる歳になったら、せめて出勤前には身体を清潔にしておこうと、これはふだん明日から二日は酒を抜いてみようとか、今月からせめて少しは貯蓄に励もうとか言った二流どころの誓いでなく、以降20年以上も守り続けている超一流どころの誓いである。自分ではまた周囲の意見を総合しても、意志薄弱で何事も持続性のない甲斐性なしと定義づけされることが多いけれど、見給え。意志力強固な所もあるではないか。 ところで現在の居住環境である。ほとんどの部分に満足している。大阪天満ですんでいた築40年の老朽アパートとはエライ違いでさながら金殿玉楼といって差し支えない。ただ、脱衣場が寒い。毎朝震えながらシャワーあがりにグルーミングを

黄ぃそば

年の瀬・忘年会シーズンともなるとなぜかに心騒ぎ、ついふらふらと桜木町界隈に出没することになる。職場規模の大忘年会など遠い昔の話になってしまったし、せめて後輩同僚を誘い出してこのひととせを振り返る程度であるが。 ただクルマ社会の越中国では、ちょいと思いついて「今日ちょっと行けへん?」などと提案しても無理である。数日前に調整しなければならない。大阪で無頼きわまる生活を送っていたから転勤当初はとまどったけれど、今はそれも慣れてきた。 さて楽しく飲酒をすると人間どうなりますか。たぶん歓楽の度合いが高いほどに翌日の反省が深くなる筈である。起きられないような二日酔いなるほどには深酒をしないように自制しているものの、 朝からパンとかご飯がすすまないこともしばしば発生する。 だいたいにアルコールは脱水性の高さで悪名高き飲み物なので、そこそこに摂取した翌日は身体が水分を要求する。また肝臓がアルコールを分解する過程である種のアミノ酸を使うらしく、アミノ酸でもとりわけイノシン酸を欲しがることになる、と聞いた覚えがある。 呑んだ帰りにラーメンを食べたくなるのはスープがトリガラとかとんこつでつくられていて、イノシン酸の含有率が高いからのことで、生理的欲求としてはしごく自然なことらしい。ただ齢半世紀を刻まんとする身では、深夜のラーメンはよりひどい副作用で消化不良やら、一旦増えたら中々減らない体重増など引き起こすのでめったに食べない。帰阪したおりに「天下一品」に参上する程度である。 暮夜中華そばに親しまぬかわりに、朝になるとどうしても麺類が欲しくなってしまうのである。起き抜けからとんこつラーメンを食べる過激性も、無いことはないけどまあ概ねはうどん・そばの類が朝餉を飾ることになる。 先週末に中華風の鍋物を企てて、シメに食おうと日清食品の鍋物用生中華麺を購入していた。ところが鍋をさらえた頃にはすっかり満腹しており、シメが登場するゆとりが無くそのまま冷蔵庫に残存していたのである。賞味期限は迫ってくるしどうしたもんかと思っていた。 しかるに昨夜、かねてからの予定通り同僚と桜木町に進軍することとなり、まあ午前1時ころにご機嫌で帰宅したわけで。気持ちいい夜だったので、二日酔いではなかったもののやはり麺類が欲しい体調ではあったのである。 起き抜けに思へらく。生中華麺にはスープ

飲酒拠出金 IRAの場合

汽車に乗って あいるらんどのような田舎へ行こう ひとびとが祭りの日傘をくるくる回し 日が照りながら雨の降る あいるらんどのような田舎へ行こう 車窓に映った自分の顔を道連れにして 湖水をわたり隧道をくぐり 珍しい少女や牛の歩いている あいるらんどのような田舎へ行こう 明治32年生まれの詩人丸山薫の「汽車に乗って」。 私はこれを原典で読んだ事はない。例によっての孫引きである。出典たる小田実の「何でも見てやろう」(ズーズー弁英語の国)で目にしたのは中学生のころだった。はあ日が照りながら雨の降るような田舎ってどんなところだろうかといぶかしんだものである。なんだか楽観主義者の集団みたいな国なんだろうなと、安保闘争や東大安田講堂占拠事件などでけっこう「闘争」が行なわれている極東の小国で、ガキの癖してあこがれたもんである。 長じてみるに、近代のアイルランドはいまや世界中どこでも他に紛争のネタはないんかいなと思われる宗教紛争と英国人にしてはまったく下手な植民政策がおこした不条理のもとに、たぶん先祖を同じくする2国民が無用と思えるほどの流血をもたらした悲劇の土地であったことを知った。 でも、こののびやかな韻文は心を捉えて離さず、人みな持つであろう平和への希求のごとく私にとって安穏を暗示する文言でありつづけてきた。そんな憧れの国へ行ったのはざっと15年ほども前のことである。「道」をテーマに世界各国で写真を撮り続けてきたカメラマンから、夏休みにロンドンへ遊びに行くんやったら一歩足を伸ばしてアイルランドへ来ぃへんか、と誘われたのだ。レフ板を持つ助手を雇う金もないし、道案内とドライバーはやったるさかい何月何日にゴールウェイの民宿まで来いや、などという破茶滅茶なことを平気で言うのである。 まあ人間なんとかなるもんで、気がついたら民宿(いわゆるB&Bと言うヤツですね)の暖炉の前で8月とは思えぬ寒気の中、司馬遼太郎に行方不明の双生児の片割れがいたらこのひとしか有り得ないとおぼしきカメラマン、北尾順三とアイリッシュウィスキーを飲んでいたのでした。 それからざっと一週間、「アランの男」でというかジョン・フォード監督の出身地としてあまりに知られたアラン島はじめイニシュモア諸島で、自然を守るために馬車しか走っていないようなカソリックの島で、日がな一日中雨を降らせようと

Women in black.

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再び富山ブラックラーメン「大喜」ネタで申し訳ない。この濃縮醤油系激震塩分ラーメンは妙な回帰性を発するものらしく、どうにも二週間に一度くらいは軒先を潜ってしまうのである。 最近は大喜に行っても周囲を観察するゆとりが出来てきた。県民および県外からの来訪者でも、既経験者は振舞が落ち着いているから何となくわかる。「小!」「大!」「玉子入り、最初から」などと符丁を巧みに使い分ける。吉野家で「並!」「特盛つゆだく!」「並赤身!」などと特殊用語でオーダーがなされるのと似ている。 大喜初級者の私も見習って、少しでも練達の地元常連に近く見られたくて「小・玉子最初から・ご飯もお願い」と発注している。「小」は普通の店で「並」と言われるもので、ごらんの写真のごとくである。太めの固麺が一玉入れられている。刻まれたチャーシューがどっさりと、何を思いけん塩抜きをするばかりかあえて塩辛く煮込んだシナチクが入っている。 まあその衝撃的なしょっぱさは前稿Men in blackをごらんください。ニーチェの超人思想もさながら、善悪の彼岸をきっぱりと峻別する、ワグナーの序曲のごとき破壊力はなんとも暗黒からの誘惑にも似ている。白黒・敵味方・保守革新を明確にとらえる厳しさがないと越えていけない大きな壁を感じさせる日本全国唯一無二のラーメンなのである。 さて昨日も二日酔い気味のアタマをはっきりさせるべく性懲りなく大喜に行ったのだけれど、まずは最初から生卵をスープに入れてもらってこれをかき回し、すこしでも塩気を緩めてからとりかからないと、その先に前進できなくなる。最近は、そうやってマイルドにしたスープと叉焼、さらにシナチクをおかずに炊き立ての白飯をかっ込んでいき、その合間におそるおそる麺を啜っている。脳天を直撃する極端なナトリウムイオン値は簡単に慣れるもんじゃない。 それでも、達人は居るもので昨日も私よりあとにカウンターへやってきた40歳がらみのおっさんは何のためらいも無く「大」を注文し、フクザツな食べ方で塩気と格闘する私を尻目にして、よりダイナミックに、よりスピーディーに麺の量が2.5玉をスープともども何事にかあらんとばかりに、いかにも普通に平らげて行ったのである。 一方で私の一席置いて右隣に位置したどうみても50代なかば以降のおじさんは、カウンターに堂々とデイパックを載せ、リコーの

降水確率に関する解釈

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近畿圏に居住していた時代、降水確率というものはその日に幾許でも雨滴なり雪なりが天から降下してくることの確率だと認識していた。その一日・24時間の降水確率90%ならその間にアタマから水分を浴びる確率が90%であって、たとえ5分間であれそうやって「降られる」ことがあれば天気予報は当たったことになった。 だからゴルフに行くときなど、降水確率を気にして50%以上なら雨具を用意。70%以上だとああたぶんラウンド中のどこかで雨に当たるんやろうなあ、ぐらいの覚悟をしていた。それでも18ホールをラウンドするのに、最初から最後までずっと雨なんてことは年間50回近くラウンドしても年に一回あるか、ないか。 「弁当忘れても傘忘れるな」は越中人の常識であるらしい。会社の同僚が鞄の底にいつも折りたたみ傘を忍ばせているいるのを見て、まあ降水確率30%しかないのに取り越し苦労なことやな、と思っていたのである。この12月までは。 ちなみに本日12月6日の北日本新聞朝刊に記されていた数字は40%で、私が起床した午前8時ころは薄曇りであった。やがて薄日がさして来て、昨日部屋干しにしておいた洗濯物を外で乾かしきってしまおうかと思いつつ、スパゲティプッタネスカなる朝にしては少し過激な食事を用意した。 和名を娼婦風スパゲティというこの料理は、材料さえあれば用意ドンで20分ほどで完成する。叩き潰したニンニクをオリーブオイルで暖めて、香りがたったところへアンチョビを加え、アンチョビがオイルに溶け出したら唐辛子(一味でもホットチリでも鷹の爪でも)を入れ、さらに瓶詰めの粗ごしトマトを注ぎ込んで煮詰めていく。スライスした黒オリーブにケイパーを入れて更に煮詰めて塩胡椒にオレガノかバジルを散らす。その間にスパゲティを茹で上げて、加減を見て湯を切り、ソースが煮詰まりつつあるフライパンに放り込んでよく味をなじませれば完成である。こいつは本当に簡単でラブリーな味わいである。 そうやってパスタをこしらえてテーブルに着き、サンデーモーニングのスポーツコーナーで瓢軽なる老人二人が「喝!」とか「天晴れ!」とご機嫌にすごしている模様を見ていた。機嫌良さそうにしているお年寄りを拝見することはこちらもその気分が伝わってくるようで、中々良いものである。 日差しは入ってくるし、横峯さくらの優勝シーンは幾たび見ても気持ちいい

阮籍青眼 今にあれかし

猫に五徳ありと言う。 鼠を見てこれを捕らえようとせず。これ仁なり。 鼠が出てきて我が餌を食おうとしても平気の平左。これ義なり。 飼い主の所へ客人来たりて、馳走が並ぶや挨拶に飛び出さずにおれず。これ礼なり。 好物を隠し置いても巧みに探索して喰い漏らすことなし。これ智なり。 冬来たりなば主人を置いてでも炬燵に占有権を主張せり。これ信なり。 仁・義・礼・智・信・すべらかに備えうる。これ猫の五徳なり。 しかれども、人、優れたるは七徳をすでに有す。 何をかもって二徳をあげつらわんや。 戦の強きを図る武徳なりか。世に出ずることを図らんとする頌徳なりか。 プーヤオ・プーヤオ(不要・不要) 今の世に小才もって経綸を述べようにも些事に人みな物見高く 慷慨あれども猫のごとく自ずから頭を掻き 嚢中に収まりて錐先引下げるが良からん 在ることがあとうならば、猫の如くに。

飛騨は襞なり

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富山市から国道41号線を南下していくとやがて県境を越え飛騨に至る。昨日は飛騨古川まで赴いてきたのである。神通川を遡上し神通峡に至る。第一ダム第二ダムにせき止められた湖水はすでに散り始めた紅葉黄葉を水面にうつし、これも佳き眺めに相違なくまた十二単の裾のごとく重なりあい縺れ合う山容と、はるかに望まれる上高地方向の雪を頂いた峯々は陽光を跳ね返して輝く。まずは観景・観渓にまこと相応しい昼下がり、バスは分水嶺をへて高山方面に向かっている。 まあ私の帰属するところの業界懇親会というやつで、おっさんばかりで遠足に行ったのである。ちなみにこの写真は出発前に富山市内で撮った立山で、飛騨ではありません。陳謝。 日ごろ業務に精進し、休日平日の区別無く富山県の繁栄盛名のためにかく刻苦勉励しているわけだから、たまの息抜きもあってよかろうと言う閻魔様の思し召しであって、見給え、冬場はその殆どが雲と霧と氷雨と雪に覆われる当地の天候が晴れ渡り澄み渡っているではないか。 もちろん、12月に有り得ぬ晴天、バス旅行より富山カントリーでゴルフでもやってるほうが気が利いているなんてバチあたりは申しませぬ。 とつこうつ。市内を出てざっと90分で飛騨古川へ到着する。有名な飛騨高山に何かと張り合うこの町は明治37年の大火でその殆どを消失したが、計画性のある復興のおかげで中々に見事な町割をなしている。 春の大祭では、起こし太鼓なる行列が碁盤の目のような町筋を練り歩く。1000人の提灯行列を先頭にして、大太鼓を載せた輿をはだかの男たちが担ぎ上げ、祭りの始まりを告げて得まわるのである。その後ろには小太鼓を乗せた棒を10人ほどのこれまたはだかの男が支え持ちながらざっと50組500名が先陣争いをする、勇壮なものである。 この蔵に収蔵されているのだけれど、写真技術の拙劣が内部の描写を拒否しているもようである。関心のある向きには飛騨古川の観光ページを検索されたい。 この疎水にはふだん鯉が放されておりその魚鱗がおりなす錦綾が見事であるそうだ。残念ながら、水温が下がってきて冬支度とかで鯉はみな引き上げられて養魚場に移されてしまったとのことでまことに遺憾なる事態というしかないが、止むを得ぬことはすなわち止むを得ない。 その後、「ああ野麦峠」のロケでも使われたと言う料亭旅館「八ッ三(やっさん)

starlight in the city

星がきれいなので、夜の松川べりを歩く。市役所の南西角を左折して佐藤工業のモスクのようなビルを視野に入れながら川沿いに逍遥する。振り返ればオリオンの三連星が寒気を貫いて幾千光年の時をまたいで我が視野に届く。見上げれば、おおぐま座・こぐま座・白鳥座。48都道府県の県庁所在地で、しかもその繁華街に隣接した遊歩道で、これだけ冬の星座を目前にできる街がほかにあるんだろうか。 本当に「星がいっぱいだ」と思ったことが生涯に、二度。ひとたびは長崎沖の男女群島に磯釣りへと赴いたとき。持ち込んだランタン以外に何の明かりも無い孤島の岩礁にいて、ライフラインとなるザイルに体を支えてもらいながら不安定な身体で見上げた星のカーペット。 ふたたびは、ブータン王国へ行ったとき。ダショオ今岡の邸を辞して宿へと帰る道すがら、鼻をつままれてもわからない、生涯初めてであった真の暗黒をペンライトの光だけを頼りに、野生動物(夜になると獰猛なヤクなどが出没するので)におびえつつ当然未舗装の林道を歩いたとき。見上た空は、ヘイウッド・フロイド博士や、デイブ・ボーマン船長が、ヤペタスの眼を超えて覗くことができた銀河の乱舞のごときものであった。 そんな思いをしながら、静かな遊歩道を歩く。酔ってあてどもなく歩行するのは富山生まれの文筆家・堀田善衛の癖であったらしいが、こんなきれいな星空だったら僕だってあるく。 柵もない川べりの道はかすかに黄色い街灯が、何とか足元が見える程度に間隔をあけてぼんやりとともっている。照明がうるさすぎ、水際の転落防止柵が景観を台無しにしていることが多い日本の街で、この美意識は素敵である。この土地に来てよかったと実感するときだ。