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6番目のユウウツ。

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越中の地にも春が近づいてきた。昼間の気温が16度とかあって、外出にコートが要らない。三日間も連続で晴れている。一昨日には春一番まで吹いたのである。

                      春霞の立山連峰。


本来なら長く冷たかった冬のおわりを思いっきり寿ぎたいのだけれど、憂鬱なことばかり立て続けに発生する。つまらん些事としか言い様のないイライラから将来にわたる不安まで。困ったことは列挙するうちに解決策がわいたり気持ちの整理がついたりすることがあるのでそれをこの機会とする。お暇な方はごろうじあれ。

1.蕎麦屋の盛りについて。

北日本新聞社のすぐ近くになんだか民芸風の、いかにも「デキル!」雰囲気をただよわせる蕎麦屋がある。しかし店頭にメニューもサンプルもない。それが自信のあらわれかだと解釈して扉を開いたのである、勇を鼓して。

箸袋一杯に細かい文字でびっしりと店主の「こだわり」が刷り込まれている。
価格が異常。お品書きの「盛り蕎麦」が1000円もする。天ぷらそばは2800円。
違い棚に「蕎麦の薀蓄」に関する本が何冊も並べられている。

これはあかん店やと思った。

でてきた蕎麦を見て感じたことは、「過疎の集落」。盛り蕎麦のはずなのにソバが盛り上がっていない。平面的に展開している。のべっとだらしなくひろがっているのである。バーチカルでなくホリゾンタルなのである。その隙間から巻き簾の竹が青々とその肌をさらしている。二段積みになっているけど、ずるずるっとものの五回ほどもすすってしまえば食事の終了となった。

幾日か前に、毛髪の繁茂状態を確認するために合わせ鏡でみずからの後頭部を見てしまった瞬間と同じ感慨が襲ってきた。淋しい。

蕎麦の盛りと毛髪はいずれも地肌をみせてはならない。


2.PCの不機嫌について。

この三日間どういうわけかHTMLの作成機能がうまくいかず、更新がままならなかった。また自宅宛にメールを頂戴した方の文面を閲覧するのが遅れてしまった。くやしいことが続く数日であったのでせめてこの場で毒を吐いておきたかったのに。


3.乱丁落丁事件。

佐藤大輔の「パシフィックストーム3・可能行動」をアマゾンで入手した。絶版本なので貴重である。どんな長編に挑んでも三冊目で挫折することから「三冠王」といわれる作家で、このシリーズも構想自体は大長編のはずなのに三巻で閉じられている。それゆえに強…

Les jours sen vont je demeure. 日々は過ぎ去り私は残る。

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藤田まことを追悼したい。
1960年生まれの私が物心がついたころ、視聴率60%を誇った「てなもんや三度傘はすでに茶の間で存在感を持っていた。保育園とか幼稚園にかよう道すがらに「当たり前田のクラッカー」といいながらその辺に生えている篠竹を抜いてあんかけの時次郎を真似していた。はずである。

大阪万博が近づいて、来るべき21世紀の世界を想うころは、時代劇やそれに類するコントはもちろん、演歌でさえ嫌悪の対象だった。未来になれば日本もアメリカのような国になれるんじゃないかと懸想していたのである。あのころアメリカは夢だった。人が入れるような大型冷蔵庫、一年中快適な室温が保たれるエアコンディション、一家に2台以上のクルマ、広くて大きな暖炉付きの家に住むファミリーには、けっして封建的でなくものわかりのいい父親と母親。身の回りにあるあらゆる日本的なるものと東洋的なものが嫌悪の対象だった。貧しさの象徴だった。

第二次性徴期をむかえるころ、べトコンに勝てないアメリカに気がつくころ、テレビの「台風エミリー」とか「いなかっぺ百万長者」とか「奥様は魔女」に出てくるアメリカの家族は、現実にはそんなに甘くて放任的なものではないことを知るようになった。白い歯をむき出しにして何でも正しいことは偉いことのように決め付ける単純な世間もどうしたもんかなと思えるようになった。

そのころ、藤田まこともブラウン管からしばし離れていたようである。

オモテの論理だけでは世の中は成立しづらいし、もしもそんな公正明大な世界があるのであればあまりにファジーな複雑系の権化である人間は息苦しいに相違ない。大声では言えないけれど隠然たる権力を持つ人間が世の中を仕切っていて、実は法の論理を越えてその実力者は君臨できることを立花隆なる人物は教えてくれた。同時に、後ろ暗いことで権力とカネを作り出す人間には司法も警察も検察も無力であって、相変わらず「ガイアツ」などのスペシャルフォースが働かないと汚れた権力構造は崩せないことも。ピーナツとかね。

梅安先生が主人公の「必殺」シリーズはいつしか中村主水のものとなった。みみっちい権力や私怨に対するに、ストイックな鍼医者の主人公よりクラーク・ケント以上に日常にボケ味があるムコ殿が支持を得たのである。家庭にあって種無しスイカと蔑称され、職場にあって昼行灯と酷評される主水が殺しの現場に向かうとき、突…

餃子事件

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「夢は、同系列の他の心理的形成物と同様に、一種の妥協として、無意識と前意識-これが協調しうる範囲内で双方のさまざまな願望を充足するかたちで奉仕する」 ジグムント・フロイト



だから夢はいつも現実と最良のあいだか、現実と最悪のあいだにある。悪夢でさえ往々にして本人が予測する最悪より一歩手前の状況でとどまっている。世の中は乱数表のごとく分解分析できかねる出来事がときに集積するので、悪夢を上回る兇事が振りかかってくることも稀ではない。

しかし夢を見ることは、あらゆる人格において自由である。それがたとえ属人格でなく法人格であってさえも。それが集団的無意識に操られるだけに法人の見る夢の方が時として要らぬ作用をまきおこすことがあっても。

前進的であって世の中に貢献するたぐいの「夢」のはなしを、はてどうやって現実界に着地させるべきなのか会議室で討議するうちに、胃袋の限界が来た。21時を過ぎて帰宅してさらに自炊をする気力を私は持たない。いっぽうで、その時間帯になっての富山市中心部は独り者が食事するに価する店舗が極端に減少する。遅くまであいているカフェなんぞに五十路がらみのうらぶれたサラリーマンが出現してパスタなんぞ注文するのは、周囲のレディたちも気分ぶちこわしだろうし。

といって24時間営業の吉野屋で晩餐をしたためるのも、まして残業後となればあまりに気持ちが乾燥してしまいそうでいやだ。もっと若ければああいう店でとにかく胃にstuffするつもりでつめこんでから飲み屋に出撃もできたけれど、この歳ではご勘弁いただきたい。

人生50年、いままでの不品行を割り引いて考えればあと15年くらいの寿命として、残り数の方が圧倒的に少なくなってしまった夕餉の席を、ひとり吉野屋で丼に顔を突っ込みながら寸時の打ちに済ませてしまうようなことは積極的には受け入れがたいものがある。



富山駅前のシネマ飲食街は、富山大空襲のあとに蝗集したバラックが改築を重ねたごときカオスを呈している。その一軒に終夜人いきれの絶えない中華屋があって、以前から気になっていた。ガラス越しに見る限り勤め人としてあまり上位にいるはずのない、善意と小心と僻みでいらぬ皺を刻んできたような文字通り同志諸氏がたむろして、談論風発紫煙濛々のいまどき羨ましい限りの空間である。

例により昨日も雪降る気温摂氏1度の帰宅環境であって、空腹を抱えたままいったん…

口福実現党。

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富山県氷見市の氷見漁港では2月に入って以来、寒鰤の豊漁が続いている。今朝の北日本新聞によるならば、月明け以来の水揚げは1万2880本にのぼる。15日にはシーズン最多の2868本があがった。紙面には競り市に並べられた、丸々と太った鰤の写真が載せられていた。

めでたい話である。年明け以来、1月末までまったく氷見にブリが来なかったので、過去最低の不漁とさえ言われていた。何よりこよなく冬のブリを愛する越中の民は、富山湾をパスして能登半島廻りで福井に揚がったのやら、そのまえに新潟佐渡沖でとっつかまえられた単なる冬のブリでがまんしていたのだから。

たまの贅沢で訪れる寿司屋の主人が言っていた。どうしたって氷見のブリはちがうのだと。

越中富山に赴任して5ヶ月。私だって氷見の寒鰤を期待していたのである。分厚い切り身にしっかりと塩をして、バリッと焼き上げてやろうと。マンションのガスレンジについている魚焼き器では、厚みのある身はどうしてもきれいに焼けない。あとの手入れが大変でもある。だから、amazonで電熱式の魚専用ロースターまで買いこんでブリの水揚げを待っていたのである。


通販価格4440円の投資で、セラミックフィルター装備のこのマシンをキッチンに備えて休日には大和百貨店の魚売り場を欠かさずチェックしてその日を待っていた。10日ほど前、ようやく満願の日がやってきた。売り場に「氷見天然鰤入荷」のPOPが飾られていたのだ。欣喜雀躍、破顔満笑で一パックを購って帰宅した。


サカナ喰いならご理解いただけるであろう、このツヤこの鮮度。新兵器で焦げ目もうるわしく焼き上げたのは申すまでもない。たっぷりの大根おろしとともに、ひと箸。あまりのウマさにびっくらこいて、
美しい焼き上がりを写真などに記録することすら忘れて、清酒立山3合とともにスルスルと胃の腑におさめてしまった。YAMAZEN製のこのロースターはシロウトでも熟練の焼き上がりとなる。本当のスグレモノであります。でもそれ以上に素材が凄かった。

いや、さすがに普段控えめな富山県民が誇るだけのモノはありますね。雪国にくらす不便の数々を寸刻忘れ去ってしまいました。おそるべし氷見漁港。

せっかくそれだけの口福に接しながら当サイトへの掲出が遅れてしまったのは、デジカメとパソコンをむすぶケーブルを紛失してしまったからに他ならない。忘れ物の多い性分で、出張先…

そして僕は途方にくれる。

今日は曇りのち雪の予報だったけど、たった3時間で20センチも積もるとは思わなんだ。甘く見て長靴をはかずに出社してしまった。どないしよう。用心しいしい家に帰って完全武装で出かけるか。はたまた貯蔵食糧で食いつなぐか。先週の雪でもうこの冬の積雪も終りだと思っていたんだが。

ビバ!短編。

料理作りと小説の組み立てには共通点があるらしい。

ゆったりとした時間をかけて長編小説を楽しむとき、多少の表現あるいは文脈上の瑕僅があってもそれは全体の流れからすれば、ちょっと支流から流れ込んだ水が起こす小さな渦にすぎないから、そのまま見落としたところでどうということもない。かえって作者の人間性を感じるときもあって、長い旅の途中で信号待ちで偶然止まった、風景の良い停車場のような気がするものである。

しかし、文庫本一段組みで100ページ以内の短編ではそうはいかない。あらかじめ材料を切り揃えておき、調味料も準備した上で一気に勝負をかけないと、素材は煮えすぎてしまう。調味料は果断をもって投入されないと、いじいじしながら足したり引いたりするうちに焦点のさだまらない中途半端な味付けになってしまう。

良くできた短編小説を読むと、作者の立てた思惑どおりに誘導され、クライマックスに引き上げられ、息もつかずにエンディングにまで運ばれる。数刻を無我夢中にさせてくれた作者の力量に無言の敬意をおぼえずにいられない。

嵐のような快感はそうも持続しないもので、食物なら良く出来た皿一つのあいだ、小説なら短編ひと綴りのあいだが限界ではないか。

ここのところ、日英の短編をアンソロジーをもとめては楽しんでいる。目覚めに晴天であっても、幾刻経ぬうちに氷雨が降り、すぐに雪景色となる気候変動激しき越中の地で、何時明けるとも知れぬ冬をすごすのには、なぜか掌編がぴったりとくる。

無理や。

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今日、ハイチ支援の陸上自衛隊向け航空貨物が成田を出発した。人道支援の規模だとか軍隊である自衛隊の派遣がどうのこうのだとか、そんな問題はひとまず措く。私が大いなる関心を持ったのはその輸送にあてられた機材である。


世界最大の航空機、アントノフAn225。全幅88,5m 全長84mで最大離陸重量は600トンと伝えられている。ちなみに、日本航空が経営破綻の結果として退役を決めたジャンボジェットの最終シリーズ400型が最大離陸重量394トンで、ざっと1,5倍の重量となる。積荷は平常で250トン、詰め込めば300トンもいけるのではないかと言われる。

旧ソビエトのアントノフ設計局は、主としてプロペラ推進の巨人機製造では定評があったけれど、しばらく斯界の事情から疎くなっているうちにエライものを実用化していたものである。

もともとこいつは、ソビエト製スペースシャトル「ブラン」を背中に乗っけて運ぶために作られた、特殊用途専用機で、国家の解体と宇宙開発計画の見直しというか中断のあおりを受け、ウクライナの倉庫で眠っていたはずだった。

ロシア人も軍用機を民間転用してカネを稼ぐことを思いついたのだろう。大規模かつ遠距離かつ至急のお引越しや貨物運搬に役立っているようである。おまけにお得意先はかつての仮想敵国である、アメリカやら日本では自衛隊であったりするのだから、世の中とはわからない。長生きはして見るものである。


ダイナミックな飛翔の姿である。ピンと伸びきったアスペクト比の高い主翼と、六基もの大型エンジンを搭載しながらバランスの悪くならない巧みな設計に、私などは美しさを感じてしまう。
この巨人機は名前を「ムーリヤ」と呼ぶ。ロシア語で「夢」らしい。それも眠っているいるときに見るほうではなく、「人類の夢」などと使われるほうである。まあ、当然のツッコミだけれど本日はtwitterやら2ちゃんねるやらに「ムーリヤ?そら無理や」などと載せられていた。アクセントとしては「ムリーヤ」のほうが正解とする説もあるけれど、関西人の私としては「ムーリヤ」のほうがどこかとぼけた可愛げがあって好ましい。

図体がでかくて、自重が350トンもあるヘビー級のくせにとり回しは軽快であると言う。見た目にある種の美しさがある飛行機は、空力的にも無理がなく飛行性能が優秀であると、たしか故佐貫亦男先生が書かれていた。ただ、もともと背中に…

悲願を達成した。

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満願の日がきた。何の拘束もない昼飯。大阪での会議は午後からだったので誰ともつるまずに一人で好きなものを選択する自由があった。
I was born to be free,to be wild.軽い二日酔いの胃にはカレーと決まっている。それもインデアンカレー。ドーチカのインデアンカレー。

越中移転3ヵ月、それなりに食生活での折り合いが付きつつあった。イタ飯・焼肉・ヤキメシそしてカレーをのぞいては。これら高カロリー四天王が富山において個人的に欠如しているおかげで、赴任3ヵ月で3キロの減量に成功してしまった。ふくよかだった頬はいささか引き締まり、若干ながら小顔になったからむしろ歓迎したい環境でさえあったのである。

ただ大阪に出張でもどってくると、欠食児童のいきおいで四天王を摂取することになる。先月はアバンザ堂島地下のロシア料理店「鶴のす」で大盛のヤキメシにウスターソースをかけまわして、丼一杯のボルシチとともに摂取した。ラードだかマーガリンだか、あまり精製されていないであろう油脂たっぷりでパラリと仕立てられたヤキメシはウスターソースの酸っぱい芳香をまとうといささか魔術的な下手味をかもし出す。タバスコをしっかり振り込んだボルシチと交互に口に放り込んでいくと、まさに至福のひとときと化す。

今回の帰阪では、天満のイタ飯「primi-passi」に行ってごく薄焼きのピッツアに、歯ごたえがまさしくアルデンテのペンネアラビアータで四天王の一角を堪能した。

そして昨日。もったりとしてはじめ甘口ながら、序々にスパイスが効いてきて最後には汗ばむ辛さとなる、奇跡のカレー・インデアンに行くことができたのである。甘いウマイそしてカライ。一説には隠し味がバナナであると言われ、芦屋に住む創業者一族以外には門外不出のレシピで製造される秘儀に包まれた謎の味わい。



金沢うまれのチャンピオンカレーやゴーゴーカレーも、たまらん下手味で、月に一回は試したくなる逸品ではある。しかし常習性のつよい「白い粉」が混入されていると噂まで巷間飛び交うインデアンカレーとは、たくらみの深さがちがうのである。

そういえば昨日は、大皿を半ば平らげた頃に見知った顔がのれんをくぐって入ってきた。同じ会社の金沢支店長であった。

備忘録

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出張荷物に愛用のメモノートを封入するのを忘れてしまったので、ここに記しておくことにする。窓際サラリーマンながら、人のことや世間のことはそれなりに気になるし、本業のこともたまには振り返ってみたりするのです。

タクシーに乗っていて(多分大阪の朝日放送ラジオだと思う)、聞きつけたフレーズが気になった。コメントしていたのは氏名不詳ながら、女子プロテニスプレーヤーで大阪出身、アメリカ留学暦のある選手であった。キャスターから、「アメリカと日本の選手育成法の違いは?」と聞かれて、

「日本のコーチは負けないテニスを教える。アメリカのコーチは勝つためのテニスを教える」と。

虚をつかれた気がした。本質というものはどこに転がっているかわからないから面白い。負けない仕事(特に他社との競合)は、チェックリストの作成に終始することが多い。遺漏なきことを原則としてしまうから、スキのない提案書は作れるけれどそこにはチャームポイントができにくい。また、あらさがしと論理の相互確認は、作業スタッフのストレスと斬新なアイデアの枯渇を呼ぶ。

大事なことは、この競合に勝つと決めた以上は、勝つための思考をすることである。じゃあその考え方は?はは、せっかく見つけた奥義をこんなパブリックの場で公開するほど私はお人よしではないつもりである。

そして、すべての局面において「勝つ」ことだけが優先されるわけではない。

ビジネスゲームにおける最終的な目標をどこに設定するのか。
NHKの「坂の上の雲」を見てから、秋山真之とその周辺が気になって書店店頭やアマゾンで類書を見かけると、まあフトコロと相談しつつ入手している。そのなかから一節。

「負くるも目的を達することあり勝つも目的を達せざることあり真正の勝利は目的の達不達に存す」


ついでに今日のgoogleニュースにて見かけた「企業衰亡の5段階」
1.成功体験から来る自信過剰
2.規律なき規模の追求
3.リスクと危うさの否定
4.救世主にすがる
5.企業の存在価値の消滅  

ええと、わが社はどのへんにいるのやら。   

これが富山に忘れてきた愛用のノート(の同一商品)である。コーネル大学式ノートといって、便利至極のすぐれもの。ちょっとした調べモノの整理にもいい。http://www.gakkensf.co.jp/lineup/cornell/index.html

アキレスと亀

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まったくギリシャ故事と一緒である。越中富山発19時50分のサンダーバードで帰阪する甘木君と、駅前の居酒屋でしばしの別れを惜しみつつ、富山風のちょいと塩味が勝ったおでんで一杯傾けていたのは19時半のこと。そのまま駅前で袂を別って幾数刻。どちらが先に自宅に到達するか。


出かける前の松川沿い
甘木君の仮寓はJR大阪駅より推測で10分ばかり。この雪の中、特急サンダーバードが遅延もせずに大阪駅のホームにたどり着けば、23時13分の定時到着から10分後つまり23時23分には堂島二丁目あたりの単身アパートに彼が到着する。

一方、彼とともに富山の名物居酒屋「親爺」で下地をこしらえた私が、そのままに松川べりまで帰るとは、閻魔様でも信じるよすがもない。当然のごとく桜木町のスナックに進撃するのは自明の理であろう。

お酒の面白さで、時間と飲酒量が見事に反比例する。呑めば呑むだけ残り時間は加速度的に進行して、さっきまで一時間が経つのにずいぶん長かった気がするのに、次の一時間はあれれというまに経過してまう。e=mc2 のアインシュタイン方程式を持ち出すまでもなく、時空にはある種の歪みがあるとしか思えない。

甘木君が座乗しているサンダーバード50号は、富山駅を出発してからひたすらに大阪めがけて線路上を走る。原始的な一次元の世界であって、進行速度と時間を乗してしまえば簡単に距離という和があらわれる。平均速度100キロで進行すれば自動的に3時間30分後には大阪駅に到着する。

これは一般相対性理論を持ち出すこともなく、紀元前のユークリッド幾何学で簡単に求められる解でしかない。まあ、飲み屋といえばカラオケ女性と言えばキャバクラのあおいちゃんへと一直線に目線が行く甘木君にすれば、当たり前の直線的関数計算である。

年を経た老狐である私にはそんな直線計算は通用しない。カリブ海上で蝶が羽ばたいた風がいずれハリケーンに結びつく、フラクタル関数で中年は生きているのである。ひょっとして私が所属する会社の歴史に残るかも知れない富山駅ちょいと手前の別れから、雪道を歩くこと数分で私の本能は帰宅よりも桜木町での数刻を選んでしまったのである。これは個人の意思でなく、全くに足任せにしたことで、気がついたら松川を越えてネオン街に向かってしまっていた。これぞ先験的トランツェンデンタルな出来事と言うしかない。

気温零下の雪道を越えて、…

オマドーン

今日は朝から雪だ。結構な積雪になりそうだ。

ここんとこ葬式ばっかりで、故人を悼む気持ちはあるけど曇天・大雪に重なるとどうも気分が臥せってくる。こんな日は偉大なる英国のミュージシャン、マイクオールドフィールドの「オマドーン」を聞くのが一番だな。クラシックとロックとケルト音楽の融合なんて言うと安っぽいけど史上最強のヒーリングミュージックだと思っている。

なだらかな丘陵がうねうねと続く、英国の草原を馬に跨って揺られながらギャロップで駈けていくことができたなら。厚い雲の間から、それを切り裂くがごとくカーテン状に射してくる日光を、宗教画の風景のように眺めることができたなら。まあ大概のストレスと疲労は吹っ飛ぶでしょうね。

英語力が貧弱なうえにおもいきり意訳しております。ご勘弁を。
近々暇ができたら関西弁訳をつくってみたい。



on horseback 「馬上にて」

I like beer, and I like cheese
I like the smell of a westerly breeze
But what I like more than all of these
Is to be on horseback

Hey and away we go
Through the grass, across the snow
Big brown beastie, big brown face
I'd rather be with you than flying through space.

I like thunder, and I like rain
And open fires, and roaring flames.
But if the thunder's in my brain,
I'd like to be on horseback

Some like the city, some the noise
Some make chaos, and others, toys.
But if I was to have the choice,
I'd rather be on horseback.

Hey and away we go

Through the grass, across the snow
Big brown beastie, …

夜っぴいて鴉が啼く

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富山市中心部には幾千羽からの鴉(カラス)が棲みついている。一斉に飛び立つと半天を覆わんかのごとく、陽が遮られるかの勢いでリアルにヒッチコックの「鳥」を想起させる風景となる。松川越しに建つ北酸ビルの屋上・テレビアンテナさらに富山市役所の屋根屋上塔屋など、混雑時の京王新宿線もかくやかと。

こいつらのおかしい所は、すでに深更23時になっても、啼き交わす声が二重窓を越してさえ聞こえてくることである。当家のサッシは富山県が誇る地場産業、三協立山アルミ謹製の二重サッシであって、その防音断熱機能には、日ごろ敬服せざるを得ないのであるけれど。

先月中旬の自宅前アプローチ
関西に住んでいる頃は、二重サッシなんぞ単なる贅沢品としか思わなかった。冬と言えど零下を指す日は僅少であり、夏の炎暑も昨今のインバーター回路をもってすれば、室内は別世界にすることができた。しかるにこの地で冬が到来して以来、晴天を望むこと稀にして、日々曇天ときに氷雨降り、更に先月は月の半ばが雪に覆われる始末となった。

ちなみに越中で除湿機が稼動するのは、主としてこの季節である。室外との温度差で窓ガラスにびっしり貼り付く結露は、日中うざったいほどの湿気となってあらゆる所へまつわりついていく。家屋の傷みにつながり、被服の保存を妨げる。結露を防ぐ二重窓は、北国の冬において単に暖房効率を上げて燃費をせつやくするだけでない、贅沢品でもなんでもない必需品である。

その防音遮音すぐれたサッシを通してさえ、越中鴉の啼く声はひびいてくる。カラスは山にかわいい七つの子いるから、夕暮れとともに立山へ戻るのではないのか。

市役所と県庁のはす向かいに、ちょっとした規模の公園があり結構な量の立ち木が並んでいる。巨大な噴水があるので、地元では噴水公園と呼んでいる。暮夜、桜町のバーから帰宅するとき木々の群れを通して、何か生きものの気配がする。ひとつやふたつの生命体ではない、群棲の気を感じずにはいられない。コートの襟を立て家路を急ぐ足音をつつみこむように、幾千の呼吸を背後に察する。でもここで大声を上げてはならない。

ときにあまりに繊細にして不用意な人間が、その重圧に耐え切れず大きなしわぶきでも発すると、たちまちにしてカタストロフがやってくる。最初は一羽、続いて二羽・四羽・八羽・六十四羽と乗数の原則に乗っ取って、彼ら彼女らが啼き交わし始めるのである。その矯…