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「あつもりそば」は冬場の悦楽。いまだ飽きない銀座「はしご」。

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富山に住民票を置くカンサイ人ながら、例年年明けはほとんど富山におらず。ずらずらっと大阪に泊まって数日、またまた首都に伺候した。泊は最近お気に入りの「東急ステイ新橋」で。部屋の窓からは東京タワーとビルの谷間に富士山と。


いったいこのサイトに幾度登場しているのだろうか、銀座「はしご」のだんだんめん。一つのものにこだわるといつまでも繰り返すパラノ的食欲をいかんせん。でも幾百回食べても飽きないんだものなあ。30年前と違うのはご飯のお変わりとか麺の大盛りとか、サイドメニューで焼売とかが食べられなくなってしまったこと。食欲のED化は、今年で55歳だからね、仕方ありませぬ。


ここんとこ債鬼のごとき厳しい上司に追い掛け回される日々だったのだけど、この日はどういう風の吹き回しか電話もメールも追っかけてこない。早めに仕事が終わったから、来月から広島へ異動するG君と銀座「樽平」へ。ヒコーキ最終便までの1時間あまり、山形料理をつつきながらぬる燗の「樽平」「住吉」をチビチビいただく。東京の上質な居酒屋で、こうやって静かにいただく日本酒というのは、本当にありがたいものですね。地震さえなければ歳とって永住したいと思うこともあり。


羽田空港で中途半端に時間が余ったので、晩飯代わりに68番ターミナル近くの「あずみの」でかき揚げ蕎麦。ま、エアポートの中だし、こんなものか。


新橋の立ち食い「小諸そば」で、ふと思いついて「あつもり」と「熱いつけ汁に卵」をたのんだところ、これがたいそうに気に入ってしまい、以来「あつもり」ないし「釜揚げ」にハマってしまった。土曜の朝、自宅に蕎麦のストックがなかったため、そうめんで「釜揚げ」を。これは新発見。イケます。


日曜の昼、近所の「つるや」へ久しぶりに。あつもりを頼んだら、「並」で普通の3人前くらい出てきて驚いた。そういえばここは伝説のメガ盛り店だったのだ。「もり」というより「湯だめ」って感じだったけど、アツアツの蕎麦を熱い汁につけてひたすら食う・食う・食う。雪がちらつく寒さでも、うっすら額に汗をかく始末。しかし夜になってもハラが減らなくて困りました。


至高のあつもりといえば、大阪はお初天神の「瓢亭」名物「夕霧そば」なんだけど、さて来週の大阪出張で行く時間があるかなあ。

きつねうどん・インデアンカレー・カレーうどん・水曜カレーで故郷を満喫。

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もう1月も終わりやというのに、まだ12日の初ラウンドのことなど。北陸じゃ考えられない晴天のもとで、まあ95でラウンドでした。18番ロングではあわや2オンで、前の組に打ち込みかけてしまい、冷や汗ものに。たまに大当たりするからやめられないんですね。

ホテルブライトンシティ北浜は部屋も広くバスルームも使い勝手が良くて、定宿にしたいホテルなのだけど、朝飯があかんのよね。まあ街中だから朝からなんでもございます、富山と違って。「つるまるうどん」にて、きつねうどんと鶏ごはん。店内にタイ人とみられる男子同士の複数カップルが朝からイチャついていて、デブのオカマが幾人も入り乱れる異質なアジア的空間に。うどん食わずに天ぷらとかを山ほどとってゴハン食べてるの。なるほどね。


結構忙しいスケジュールだったので、それを理由に昼はインデアンカレーへ。甘くて辛くてわが堂島ソウルフードなり。この上にキャベツのピクルスをぶちまけて、ごしゃごしゃかき混ぜて食べるのが好きです。見た目はあまりよくないですけど。


いろいろと片付け事があり、さらにもう一泊。同じホテルに合計三泊。前夜は広島から大阪に転勤してきた某氏の社長主催歓迎会を、なんと立飲み屋の奥テーブルで。もちょっといい店使ってあげればいいのに。そのあとは某君と合流して北新地へ。豪遊いたしました。
お定まりの二日酔いで目が覚めて、朝はまたまた「つるまるうどん」へ。昨日の昼もカレーだったのに、朝からカレーうどん。おまけにバッテラまでつける始末。しかし大阪では路面店でもこれだけのカレーうどんが出せるのに、富山じゃどうしてまともなカレーうどんが一軒も(私の知る限り)ないのでしょうか。ある種の民度が違うのかもしれない。

チェックアウト時に冷蔵庫へ持ち込んだドリンク類の空きボトルを並べてみた。呑兵衛の不品行ぶりがまざまざと(わかる人には)わかりそうな品揃えでございます。


堂島から茶屋町まで出かける用事あり。たまたま水曜日だったから、ステーキハウス榊原の、週1回しかやらない「水曜カレー」にありつくことができてラッキー。シャブシャブのセイロン風カレー(ステーキの切り落とし肉と野菜がゴロゴロ入ってます)をご飯にかけて、5種類の薬味を添えて食うのですが、なんともたまらんお味なんです。イカの塩辛がこんなにカレーと秀逸の仲だとは。

茶屋町の某ホテルで打ち合わせが数刻。喉にポ…

東京の空を見上げて智恵子抄。花の銀座のだんだんめん。特急「はくたか」私家版ラストランはいつのことか。

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新年早々あまりめでたくもない仕事に追われる。どうも今年はパッとしない年になりそうだな。おまけに1月の第2週も寒いのなんの。雪景色の中を営業車で走り回る毎日。

1月9日は東京へ。「智恵子は東京には空がないという」もしもし、高村先生、こんな立派な青空があるじゃないですか。毎日雪と曇り空しか見上げてないと、この青さがたとえようもない貴重なものに思える。そりゃあ北陸から東京へ進学した連中がなかなか戻ってこない訳だわ。


東京にはさらにもはや30年来のフリークとなっている「はしご」の「だんだんめん」だったあるのだ。激辛ではないけれど、酸味と辛味のバランスが素晴らしい。奥の白飯にのっている「龍馬たくあん」もいつの日か通販で2キロ単位でもいいから仕入れてやるのだ。


お江戸の用事がすんだら上越新幹線・越後湯沢乗り換えで富山へ戻る。幾たびここに「国境の長いトンネルを抜けると・・・」と引用したことか。でもほんとにほんとなんだもん。北陸新幹線が開通したらこのびっくりは体験できないからね。あと50日で開通、それまでに何回びっくりできるか。よそくするに、私家版のラストランは3月8日かな。


雪舟の水墨画みたいですよね。こんな絶景が越後湯沢~直江津までの40分くらい(トンネルもやたらに多いけど)連続します。夜に乗ったら何の意味もないからね。昼間のご乗車を説にお勧めする。


雪と氷雨に封じ込まれる北陸の冬、何よりも問題となるのが運動不足で、「冬太り」する人も多い。寒ブリに日本酒に、美味しいものだらけだしね。だから毎朝(とは言わんが週に3~4回は)、エアロバイクで8~9キロほど運動する。加齢は足腰から。ゴルフシーズンに向けて静かに戦いは始まっているのだった。


末期がん患者がめざめるとき。初出社前夜の禁酒。越中雪中営業記。

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白石一文「神秘」は、膵臓がんで余命1年を宣告された出版社役員の主人公(わけあり独身)が、医学に頼らずに「がんと向き合う」ことで人生を開いていく物語。私も昨年11月まで咽頭がんの疑いありで、ひや~っとした時期があったから、思わず読み込んでしまった。

自分と社会との関連性を解きほぐし、自分とは何者なのかを改めて問い直すことが「がんとの共生」を産み出すってことなのだが、自分が余命1年と宣告されたときにそこまで、素直に社会と向き合えるか、不安だなあ。

とにかく「がん」と縁のありそうな方にはぜひお勧めしたい一冊だ。


ゴルフと読書と酒で生活時間が無茶苦茶になる年末年始、初出勤の前夜はここ数年「朝飯みたいなメニュー」を心がけている。豚汁に出汁巻き、大根おろしとホウレン草胡麻和え。アルコールを入れると頭が変に冴えて眠れなくなり、初日からぼうっとしてしまうから、キチンと禁酒する。


1月5日の月曜日、越中のあいさつ回りはどうしても雪の中。ことしはここ6年でも有数に雪深い仕事始めのような気がする。


仕事さえ始まって、リズムが出てくれば酒だってへっちゃらさ。薄揚げをあぶって梅肉・白ネギ・おかかとあえたひと品は、ビールより日本酒。京都から持ち帰った千枚漬けに、ホウレン草のおひたしに、メインディッシュはあんかけ豆腐で。カツオと昆布でしっかりと出汁をとってあるから、もう日本酒とのマリアージュがなんともはや・・


年始回りは続く。翌日は福光のスキー場へ。営業車の1台を4輪駆動にしておいてよかったな~と実感した。積雪1メートルをなんのその。


雪中行軍で始まった2015年の越中営業記、今年も商売繁盛にして一路平安、皆様と私の健康と繁栄を祈念申し上げます。

鴨鍋の傑作で祝う新年。赤穂浪士にならった逸品とは。

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あけましておめでとうございます。今年も当サイトへお越しいただき厚く御礼申し上げます。などと言いつつ世間じゃそろそろ松も明けようかと言う時分になってしまいました。
年末年始は兵庫県川西市の実家に帰省。施設に入っている親父にも面会して、人生と時間の過ごし方に思いを馳せてみたり。静かな年明けでした。あ、「ゆく年来る年」でいきなり富山駅が映ってましたね。知人友人も画面一杯に出てきて、ホント皆さんにとっていい年でありますように。祝北陸新幹線3月14日開業。
しかしその前に、この冬は暖冬と言っていたのにどうよ12月に入って以来のこの降りざまは。当然のように年明け富山へ戻るサンダーバードも95分の遅延となりました。

富山に戻っての初夕餉は、途中下車した京都で整えた鴨肉と九条葱で鴨鍋に。いづくの佳人と囲んだのやら、近所の独身51歳と囲んだのやら。人生少しは謎がないとね。


54年の人生を振り返るに、悔しいかな「鴨にされる」ことが多かったように思われる。今年は年頭から鴨を捕って喰ってやり、せめてカモられることのない1年を目指す。

年末に取っておいた濃いめの出汁に、濃い口醬油と酒と味淋で少し下品に味付けしたのが良かった。自分でこしらえておいて絶品などと言うのはどうかと思うけど、ナカナカの出来でございました。

鍋の終わりに、茹でた素麺を少し煮詰まった出汁にひたして、よくといた生卵のなかをくぐらせた「締めの一品」は、これは相当にたまらん味となりました。赤穂浪士が討ち入りの前夜に食したと言う「甘辛に煮た刻んだ鴨肉を汁ごと飯にかけ、生卵を溶き込んで食い、スタミナをつけた」メニューを参考にしたのだけど。

大石内蔵助はかなり豊かな気分で山鹿流の陣太鼓を聴きつつ、深夜の江戸の街を進んで行くことが出来たんだろうなあ、と推察申し上げた。


翌々朝、昧爽にドドドンと花火の音がして、恒例の富山市消防局出初式の始まりである。松川に向かって一斉に放水する風景は勇壮でね。しかもこの光景を自宅ベランダから鑑賞できるのはわがマンションと隣のマンションだけなので、視聴可能声帯数は100に満たない。例年ながら眼福であります。


休みも終わって1月5日が初出勤。東京本社やら大阪本社やらでの年賀行事への参加に加えて、年末から持ち越した諸問題があり、今年も落ち着かぬ年になりそうな。

なによりも昨年10月からかかえてしまった「声帯…