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帰省中、なう。

年末ということで、私の様な寄る辺なき人間もじつは帰る家があったりして、遠里はるばる越中から摂津の国へと帰省されたりするんですね。その路程ざっと5時間、距離にして400キロくらいか。 摂津の国は清和源氏の発祥の地。義経様も家康様も、この狭隘な盆地が濫觴なんですねえ。夏は暑いし、冬は寒い。今日なんか雪がちらつくし、富山より寒いんちゃうかなあ。 ちょっと飲みに行くにも、スナックなんか歩いていける範囲には一軒もない。当然バーなんかあるわけがない。 大阪か宝塚あたりまで行かへんと、ほんまに何にもない。寝るしかない。だから夜は五家荘の散居村みたいに静かなんですねえ。こんなに不便な土地なのになぜか正月には帰ってきてしまう。 マア、しゃあないか。

なまえのはなし

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コツコツと年賀状を書いていると、人の苗字・名前が気になってくる。 だれかがどこかで答えてる その子の名前を呼ぶ 名前 それは 燃える命 ひとつの地球に ひとりずつひとつ Every child has a beautiful name A beautiful name, a beautiful name 呼びかけよう 名前を すばらしい名前を (beautiful name ゴダイゴ 1979) ホントにヒトの名前って不思議ですね。なんか呪術的な力を持っている気がします。とくに100枚以上の年賀状を抱えて、筆ペンで一枚ずつ宛先なんか書いてると。PCで名簿整理して出力したらイッパツなのはわかるけど、年に一回のことじゃないですか。ひとの名前をいちいち筆先でなぞるこのフィジカルな体験を味わえるのは。 同姓同名というのはタマに存在するけれど、国内だと差し障りのあることもあるんで、海外事例で。こちらの指揮者はレナード・バーンスタイン。アメリカが生んだ初めての世界ランク級の指揮者であります。もちろん母国アメリカでは英雄視されていたし。 ちょっとホモっ気があって、共産主義者とも言われていたが本人は「僕はホミンテルン」などとごまかしつつ、男を可愛がっていたらしい。英雄男色を好む。織田信長、西郷南州。 バーンスタイン氏はワインにも造詣が深くって、こんな本もモノしていた、わけじゃなくって。これは同姓同名のワイン評論家の本。日本じゃ新潮社までがひっかかって、こちらのバーンスタインのエッセイを紹介した時のプロフィールに「世界的指揮者」なんて書いているし。 ワインの方のバーンスタインは、ご本尊より大分若くてしかも若い時には貧乏していて。なけなしのボーナス?をはたいて、高級フレンチレストランに行ったところ、店が大騒ぎになっていて。 「大変なんだ。今日はあのバーンスタインがこの店に来るんだ」 さて、若きバーンスタインは如何に振舞ってその危機を脱したか。ぜひこの本をご購入下さい。 こちらは、2007年8月30日に亡くなられた、ビール評論家のMichael Jackson氏。Beer Hunter として名を馳せていて、世界中のビールを論評していた。私がもっているのは「World Beer」の3rd edition  でございます

ああまた大散財 Amazon貧乏記

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日曜の朝は、散歩がてらコンビニにおもむいて毎日新聞を買う。西原理恵子「毎日かあさん」を読むためですね。修羅の道を口笛吹きながらスキップして生きてる女、やっぱハチキンは違うのう。夫の鴨志田穣が亡くなるくだりとか、涙なしでは読めんかった。人生にはふたつあって、ひとつはサイバラを読んで明るく挫折するすべを知る生き方と、今ひとつは読まずして簡単な挫折でココロが折れてしまう生き方と。 著作権保護のため、ちょっとピンぼけ 新聞を買う目的がもうひとつ。中央紙随一の書評欄。週替わりの選者によるコラム「この人・この三冊」欄のイラストは和田誠だもんな。選者と選ばれた著者を並べて描く。まだ生きてる人や近現代で写真があるといいけど、古典でたとえばホメロスとか吉田兼好とかは苦労してますねえ。 レギュラーの書評家に丸谷才一がいるのもすごい。御年85歳にして毎週の論評だもんね。今週はアレクサンダー・ヴェルナーの「カルロス・クライバー(上・下)」でした。クライバーは私が一番好きな指揮者でありまして。「椿姫」に「こうもり」そして、ウィーンフィルニューイヤーコンサートでの奇跡の演奏と、何をやっても凄い人で。しかも奇人変人のコンピューターオタクなの。 おまけに出生地はじめプロフィールに謎が多く、ベールに閉ざされた私生活も含めて個人情報がとっても少ない。天才で奇人で謎の人の、初めての伝記だもんなあ。欲しいよなあ。 天下の毎日新聞社に物申す。あんたのところの書評欄、中身はええけど紹介されてる本がみんなちょいと高すぎやしませんか。今週は20冊をとりあげて、平均価格が1967円。このクライバーはんの伝記なんか一冊で3990円。上下巻で7080円。富山県の社交場・桜木町やったら、キレイなおねいさんのいるお店を2軒ハシゴできまっせ。 しかし物欲に勝てず。気がついたらアマゾンに注文してしまっていた。あかん、また節約生活を開始せんと。ども食費を切り詰めるのは論外。カットするなら服飾費。阪急で買うつもりだった通勤用のワイシャツを、天満のバッタ屋に変更やね。1着1500円。 B級衣料なら天満に限る ちなみに北日本新聞社は今週に限って言えば31冊で1742円。もっとも、美術書と全集は計算外にしましたけど。年末特集で高い本ばっかりやったし。それでも毎日より安いやん。 書評を値段で比

雪国ってやっぱりスノウランド?

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追いかけて~ 追いかけて~ 追いかけて~ ゆーきーぐーにー 吉幾三の大ヒット曲でございますねえ。このフレーズは音節が冗長なので、とても替え歌が作りやすいのです。 お湯かけて~ フタをしめて~ 3分たったら~ カップヌードル~ またまた、 お湯かけて~ お湯を切って~ かきまぜたら~ ゆーふぉおーー なんてのもございました。ほかにもチキンラーメンバージョンとかいろいろと。30代の頃は冬場の宴会のシメに良く歌ったもんでした。まあ、これらの商品をお作りになっている会社のご贔屓にあずかっておりましたので。 本日の越中富山は、この冬初めての本格的積雪となりました。昨日の夕方から降り続いてざっと積雪20センチ。でもまあ、雪国生活も一年を回って、二度目の冬ですもの。歩き方もすっかり堂に入ってしまいまして。スノウブーツも軽やかにしゃなりしゃなりとお買い物に行っておりました。 わけないやん。 最大風速22メートルの暴風雪のなか、身体を丸めながら近所のスーパー「ピアゴ」へ。ついでに大和百貨店と、富山地場野菜の直売店へ。天変地異より食い意地が優先するタチであります。本日は挽肉とラーメンをもとめて。 部屋の中は、さすがに三協立山アルミの二重サッシで守られているから、それなりに暖かいんですけどね、窓外の風景が横殴りの雪風でしょう。あったかくてシゲキのあるものがいただきたいもの。 担々麺でございます。畢生の大好物でして。28年前に京都ロイヤルホテルの四川料理「清華」で初めて食って、たまげるほど感動して以来。中国四川省の成都でも食べたけど、こいつは日本人向けに陳健民がアレンジしたごらんのタイプのほうが絶対旨いね。 フライパンに胡麻油を熱して、みじん切りにしたニンニクを入れて香りを出します。そこへ豆板醤をいれて、むせるようなカライにおいが立ちのぼったら、挽肉(あいびき)を投入。一味唐辛子と胡椒さらに花椒を振って火を通し、最後にみじん切りにした白葱を混ぜます。これは、ヤキメシにいれてよし、豆腐と混ぜて中華スープを注ぎ入れれば麻婆豆腐になる便利なもの。 しょうゆ味のインスタントラーメン、出前一丁などをこしらえて、仕上がり前に芝麻醤をボトリ。ラー油をたっぷりおとしてひと煮立ち。先ほどの肉味噌をたっぷりトッピングしていただきます。 いやまあ。冬

The early bird catches the worm. ってほんまかいな。

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早起きは三文の得と申します。まあ、出世する人に寝坊はおりませんな。業界の後輩ながら、今や中国でベンチャー企業を起こしている某君などその典型で。 朝は5時に起きる。まず散歩を小一時間。その間に昨日の反省と今日のプランニングをするそうな。戻ってPCを立ち上げ、メールチェックに情報収集。朝食を取りながら新聞3紙。それでも時間があるときは語学の独習。 夜の付き合いも悪くない。接待酒やゴルフから逃げることがない。でもそういえば24時前には必ず姿を消しているか。エライ。本当にエライ。 わっちだってやるときはやるんでっし。けさはお取引先のスキー場が山開きなんで、慶祝かたがた朝の5時起きで駈けつけたのでありまっし。上部のゲレンデは本日から滑走可能ということで、朝もハヨからたくさんのスノーボーダーがお越しになりました。まずはめでたし。 しかしねえ、昨日も忘年会で帰宅したのが12時半。午前1時に仕事のメールが来て、その対応で多分寝たのは1時半ころかなあ。さすがに5時に起きても朝メシつくる気力体力ありまへん。 まあでも早朝仕事も片付いてしまえば、自然と胃腸も活発になるってことで、富山インターに差し掛かることには猛然と食欲が開花したんでございますの。おほほ。吉野家で牛鮭定食に豚汁足して、ついでにナットもどうかしら、なんて。 インターチェンジを降りると、そこには富山県中央卸売市場なんてものがございまして。そう、早朝から働くオトコのメシといえば、なんといっても市場の食堂だあ。東京築地は言うに及ばず、大阪なら木津市場にわがホームグランドは天満市場と。フィジカル労働者の胃を充足させるに足る、ゴツイ感じのメシがつきもんやんか。吉野家歴訪はまたの機会や。 わが選択は豚汁定食。650円なり。今日は冬至ちゅうことで、柚子皮が浮かべられているあたり、ワイルトな飯屋ながら、さすがにヤッチャ場であります。夜明け前より同行の、わが社の空腹王子こと甘木(I)君は、朝っぱらからカキフライ定食です。たいしたもんだ。 このお店、朝の定食は「焼肉」「野菜炒め」「刺身」「煮魚」「生姜焼」「とんかつ」とメニュー豊富なんやけど、どれを喰っても650円なんざます。営業時間は午前5時から昼2時まで。ゴルフの朝めしにええなあ。来シーズンまで覚えておこう。 ということでございまして

人生いたるところに青山あり

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今週末から再び寒波襲来の越中富山でございます。クリスマスイブは雨が夜更けから雪に変わって、そのままあと五日間ほど降りつづけるとyahooのエリア天気予報はなっとります。今年も淋しい独身オトコどうしですさんだイブを過ごすのか。寒いのう。 私の冬用コートは、阪神大震災の前年に神戸そごうで購入した緑色のロングコートと、21世紀初頭に堂島地下街で衝動買いしたクリムゾンカラーのハーフコートで、いずれもコットン100%。さすがに冬場は、豪雪の越中である種つらいものがありました。 今年の1月14日 コートぐらい買えばいいじゃんと言われましても、通勤時間徒歩3分ですからその間だけ我慢すればいいんだしと当初は思ってました。まあ出社には大丈夫でしたけど、夜に遊んで帰るときに冷えるんですねえ。それに、本人はやせ我慢のつもりでも、周囲からは訳ありの人にしか見えなかったみたいだし。 不景気の会社ながら、越年用の餅代が先日かすかに支給されたので、五十オトコとしての面目を保つために、コート、買いに行ってきました。行先は「洋服の青山」天正寺店。今回は越中越冬用なんで、防寒性と防風防水性を最優先して。だって毎日いちどは雨か雪が降るんだし、立山おろしで風は強烈に吹くし。 そんな条件で選んだのがMr Junkoの黒のコート。テフロン加工で防水は完璧だし、ライナー付きの中綿で保温性もばっちり。なにより値段が15800円というのがいい。手にとって鏡の前で合わせてみると、細身のシルエットが随分と年齢を隠してくれそうだ。 「お客様。いま、スーツをお求めいただけると、コート代が半額になりますよ」 と店員にそそのかされる。転勤のドサクサで昨年は冬のスーツを買っていない。私の型紙をもっている高島屋は北陸にはない。ケチなうえにオマケやフロクに弱い私は、 「4万以下で、似合うのがあれば」 などと言ってしまう。とにかくコート代の予算は45000円であったので、ゆとりはあったんだな。ジェットブラックのストライプでちょっと気に入ったモノが37800円でみつかった。 「お客様。あと1000円で同じ値段のスーツを1着サービスしますけど」 もう完全にコーフン状態となり、そんなサービスしてもらってええの、ほんまにぃ?と言葉も上気してしまいながら、じゃあちょっとハデなモノも欲しいわねって、

三象(さんしょう)を制覇せん

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古来より、いくさの要諦は三象の把握である。天象・地象・人象。 まずは天象、つまりお天気から。諸葛孔明は気象予測の妙によってかの赤壁の賦を制した。夕刻より風向きが変わることを読み、敢えて風下側から攻めることで曹操を惑わせて、風の変わり目に火攻めにかかった。 諸葛亮孔明 兵力・物量で圧倒する曹操軍を、寡兵の劉備孫権連合軍が完膚無きにまでやっつけたのだから読むほうは爽快である。巨人軍に対する阪神タイガースみたいなもんやね。 日本では日露戦役において、「天気晴朗なれど波高かるべし」と電文を送った秋山真之。喫水が高めに設計されているロシア側の軍艦が、高波にあおられてより船腹をさらすことで、標的としての面積が増えることを考え、遭遇戦にあっては思い切った接近戦を演じて歴史上に残る戦果を挙げた。「舷舷相摩す」とはよく言ったもの。 気象に続いては地象。漢の武帝といえども、万里の長城をなんなく越えて河北より漠北より来襲する匈奴は最大の難敵で。衛青・霍去病の出現までは。衛青は戦いの場となる草原の地理を徹底的に調べ上げ、敵の埋伏から軍を守った。草原といえど起伏があり、丘の陰に数千の匈奴兵がひそんで、突然に軍の中核に襲いかかってくるため、算を乱して潰走した例が多かったのですね。 中国のテレビドラマ「史記」より 最後は人象。これは人事計画。昨日の「坂の上の雲」で山本権兵衛がやっていました。対露海戦にあたり、常備艦隊を臨時編成の連合艦隊にするにあたって、司令長官に東郷平八郎を抜擢したくだり。常備艦隊司令長官の日高中将が順当なところ、舞鶴鎮守府で隠遁のような生活を送っていた東郷を指名し、日高の猛烈な抗議にあう。 とかく現場判断で暴走しがちな猪突猛進型の日高より、大本営の指示を固守する忠実さのある東郷を評価したように、ドラマでは描かれていた。中央の命令に忠実でないと、国際間紛争では進退を違えるもとになる、ということなんでしょうね。 三笠艦上の図。祖父の家にもあったなあ。 なるほど。たった一度だけ、原理原則を守る英断で日本海海戦を勝ち取った帝国海軍は、その後現場の暴走で敗れていくわけなのね。真珠湾での攻撃不徹底、ミッドウエェーでの判断ミス、ミンダナオでの謎の反転と。 もっとも、山本は明治天皇に東郷を推挙するにあたって「東郷は運のいい男ですから」とコメント

常春の島をめざして

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お寒うございます。明日から寒波が襲来するそうで、越中富山ではクルマのタイヤ交換がピークを迎えていますねえ。クルマ通勤が原則のウルトラ自動車社会なんで、勤務中の修理工場立ち寄りなど一切咎めずむしろ推奨しております。大事な営業マンに事故でも起こされたら大変だもんね。 昨年は12月18日にまとまった雪が降り、それから5カ月にわたる長~い雪中生活が始まったのですけれど、今年は明日の夕方からソロソロと降りだして明後日はちょっとまとまった降雪とか。 昨年12月18日自宅より 子供のころは寒いのなんかへっちゃらで、雪なんか降ると大喜びだった。冬休みにごくまれに島根県の親戚の家つうか母の実家へ行き、メートル単位でつもっている雪を見ると感激だったもんなあ。 それから幾星霜。半ズボン一枚で真冬でも走り回っていたガキは、齢50をかぞえて、冬はゴルフができへんから嫌いやなどとボヤいている。逆のベクトルにおいて抜群の運動神経の持ち主なので、運動と名のつくものはゴルフしか出来へんのやから仕方ない。 中学校の体育の成績で「1」なんて取ってたし。跳び箱に向かって突進し、踏切りのタイミングを間違えて正面衝突し鼻血を出して保健室にかつぎ込まれたり。フライを顔面で受けてメガネを割ったり。 お取引先のスキー場、IOXアローザの駐車場にて。本年1月撮影。22日にせまったスキー場開きにこれっくらい降ってくれるとありがたいんだけど。お取引先の繁栄はわが社の繁盛。でも自分でやる雪上スポーツと氷上スポーツはちょっとね。国の救急医療費が切迫しているのに、愛国者として無駄な経費を掛けさせるわけにはいかないもんね。 しかたがないから、お休みの日は家に垂れこめて読書とCATVでの映画鑑賞にふけるしかない。この本は雑誌「選択」に連載されていた書評をまとめたもの。すげー読み応えでした。とてもあの朝日新聞の論説委員が書いたと思えぬ柔軟な評論ぶりにびっくり。牟田口義郎とか深代淳一以外にも柔らかい頭の持ち主がいたんですねえ。 オトコいっぴき、蟄居しておってもハラは減る。ちょうど佳人よりいただきものの博多名産・福屋の「辛子明太子」が冷蔵庫にひと箱。昼飯は、こいつをほぐしてパスタに仕立てたり。仰天するほどウマ買ったので土日連続で喰ってしまった。土曜の朝から月曜の朝まで7食連続で自炊なり。

スキヤキ大好き

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ガキの時分、実家で肉料理(関西人の私にとって肉とは牛肉を指す:承前)といえばまずスキヤキでありました。そうとうのご馳走であって、めったに卓上に登場しないものであった印象が残る。 漫画の「サザエさん」で、「こんやはスキヤキよ」とサザエに呼びかけられたマスオとノリスケが「食うぞ」と言いつつズボンのベルトを抜き去るシーンがあって、同感と憧憬をふたつながらに覚えた記憶が未だに消えない。スキヤキをとりわけ肉をそこまで腹一杯に食べてみたいもんだと子供ごころに思っていたのだな。 べつに家庭が訳ありであったわけでなく、昭和30年代から40年代の中流家庭なんてそんなもんで、未だに交流のある畏友Kなど、スキヤキの前には素うどん一杯をまず平らげてからという家訓になっていたらしい。 松阪市の某有名店にて スキヤキとカレーにはいずこの家にも固有の流儀があると見える。先日も取引先と富山市内の名店「はやし」にて鍋を囲んだものの、4人ながらに「こしらえ方」がどうも異なる。しかしながらそんなことに固執するのが会食の目的ではないので、「まあ書生風にやりましょうや」と衆議一決。肉野菜のごった煮牛鍋風となってしまったけれど、肉が素晴らしかったのかそれはそれでとても美味しゅうございました。 50がらみの方々をお客にお呼びする際に「スキヤキ」にすると、かなりの確率でお喜びいただける。多くは「オッ、懐かしいねえ久しくお目にかかってないからなあ」とおっしゃるので、じつはホスト側としても隠れた安全メニューなんですねえ。たしかにわしらの年代じゃ、学生コンパといえばスキヤキだったものなあ。 私が買うのはグラム450円の肩ロース たしかにスキヤキだけは霜降り肉でないとおいしくないし、砂糖や味醂などの甘味料をケチっても醤油くさいだけになる。脂肪と砂糖と塩分で仕上げるわけでまあ、今風ではヘルシーさに欠けるのかもしれない。アミで脂肪を落としながら焼き上げる焼き肉のほうが(特に女性から)支持されるゆえんでありましょう。 おまけに食肉の輸入自由化以来、焼肉店はおっさんのための隠れ家ではなく、多くは1人前2000円台からの食べ放題を基本にしたファミリーレストラン風に変化してしまった。外食産業が主としてロードサイドで展開される都市郊外や地方都市においてそれはより著しい。 だから最近のガキどもときたら、肉と

営業車も冬仕度

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今朝は南砺市で積雪があった。合掌造りの古民家がうっすらと雪に覆われていた。かそけき風景をご覧になりたい向きには、北日本新聞社ウェブサイトwebunへアクセスを。 富山は強風波浪注意報が出ているので、低くて暗い雲がかなりのスピードで流れている。北から南へ向かって。冷たい湿気をたっぷり含んで立山連峰にぶつかり、雪を落としていく。外気温4℃。 今夜あたりから富山市内も山間部では雪が降り始めるようだ。これから高岡へ、明日は金沢へと営業車で出掛けるから、路面状態を考えてタイヤを履きかえることとした。 スタッドレスタイヤである。これは雪道はじめアイスバーンなど、μ値の低い路面ではかかせない北国の冬の必需品。積雪40センチくらいまでならチェーンなしで移動することができる。気候の変化に敏感な県民の皆さんも、さすがにそろそろ危ないと判断したのか、本日はディーラーなどタイヤ換装可能な所にはクルマが列をなす。 昨日、水橋方面に営業へ出掛けた際に撮影したもの。西日を受けて山が輝く。これから一週間はずっと曇・雨・ところにより雪という、いかにも北陸の天気が予報されている。お天道様にご対面できるのは、16日以降かなあ。

愚者の楽園

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たまには名文を読んで、自分の平仄をととのえ直そう。 晋の魏喩では石が「もの」を言ったという。民の怨嗟の声が石を仮りて発したのであろうと、ある賢者が解した。すでに衰微した周王室は更に二つに分かれて争っている。十に余る大国はそれぞれ相結び相闘って干戈の止む時が無い。斉侯の一人は臣下の妻に通じて夜毎その邸に忍んで来る中についにその夫に弑せられてしまう。楚では王族の一人が病臥中の王の頸をしめて位を奪う。 中島敦。文字が羅列されているだけなのに、その文字列の美しさがただごとではない。イスラム教徒がコーランを単なるカリグラフィーの域から視覚芸術にまでアウフヘーベンせるがごとし。漢字の字画がひとつひとつタブローとしてビシッと決まっている。すごいなあ。 民の怨嗟は石をすら語らしめる。 今朝新聞を見ておどろいた。権力にひたすら妄執する愚者の群れは、ついに最も手を携えてはならない者たちと合従してしまった。この12月7日は、向こう10年更に我が国が迷走を続けるきっかけとなった記念日として長く記憶されるに違いない。69年前の12月8日もそうであったように。 最高権力者は、地位保全のためには狂犬にさえ阿諛追従するつもりらしい。 義として周の粟を喰らわず。人の道に外れた国、周の天下で作られる作物は食べない。伯夷・叔斉の故事にならい、立山山麓に籠ってワラビとゼンマイだけを採食するのも、すがすがしくていいけれど。まだ世を捨てるまでもうひと廻りくらいは生きてみたい気もするし。 ところで、本日の越中は朝からずっと氷雨が降っている。気温摂氏5度なり。ついにコートを着用す。じつはゴルフコンペに参加の予定だったのが、主催者側の英断で中止になった。有り難きお達しなりけり。もし強行されていたら、確実に風邪をひいてしまっただろうね。 「かきくらし そぼ降る雪のつめたさに このわためして あたためぞする」 淀君相手に連夜の荒行で、腎虚ぎみの太閤秀吉にある人が「牡蠣・つめた貝・ナマコ」を献上した。いずれも当時は精力剤とされていたらしい。これを喜んだ秀吉に、お伽衆の曾呂利新左衛門が即興でこの狂歌をつくったとか。 猿と呼ばれることを気にする秀吉に、「殿が猿に似ておるなんてとんでもない。猿めが殿のまねをしているのでございます」といなしてみせたとも。つらい時代の生

さぼうる

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神田神保町には「さぼうる」なるお名前の喫茶店があって、さすが学生の町、ちょっと薄暗い店内には自主休講とおぼしき人影が散見される。コニーデ状に盛り上げられた大盛りのナポリタンスパゲティが名物で、神田の古書店街を散策した後によく行ったもんである。 神田で行く店といえば、ここと、天丼の「いもや」それから餃子の「スヰートポーヅ」「キッチン南海」ぐらいなもんか。池波正太郎御用達の「新世界飯店」はいかにも敷居が高く、ラーメンの「神保町二郎」は45分待ちといわれる行列を見ただけで意欲が減退する。 今日は「素敵な土曜日」なので、前夜はおとなしく過ごす筈だったのだ。ちょっとした横風でも簡単に運休にしてしまう、昨今のJRのせいで、後輩1名が富山に足止めを食らってしまい、それをいい口実にして、呑みに出てしまった。 後は言わずもがな。深夜の空腹に耐えかねて、醤油ラーメンなど自作してしまい、おかげで今朝は食欲不振。オニギリひとつと、グリコのカフェゼリーしか食えず。本日は諸業務中止。 ところでグリコのカフェゼリーは、甘みが調節できることもあって私の大好物。近所では大阪屋ショップにしか置いてないので、明日にでもまとめ買いに行かねばならん。 昼食は千石通りの「一平飯店」へ。今日は徹底的にサボることを主眼にしているので、クッキングは夕食だけにする。この店は店内がいつも大食い選手権富山県予選状態なのが特徴だな。そうでなくても各メニュウが量的に充実しているのに、さらに「大盛り」「特盛り」などの掛け声がかかる。大盛り炒飯だとたぶんコメ2合ぶんくらいあるか。 右側が大盛り 女性でも「味噌ラーメンに炒飯」などと、私など見ただけで降参しそうな量を発注している。こちらより遅く食べ始めて、しかもこちらより早くしかも完食しているから驚かされる。 私が頼んだ「ウマニソバ」。しょうゆ味のスープにあんかけされた野菜炒めがドロリと乗っかっている。途方もなく熱い。おまけに、普通のラーメンの倍、つまり二玉は麺が入っているから、ラーメンの早食いに自信のある小生でも、制覇するのに20分近くかかってしまう。それでも挑戦したくなる、なんというか昭和の味がする逸品なんやなあ。 買い物をして帰宅、ラグビートップリーグの「東芝vsトヨタ」をスカパーで観戦する。今年は神戸製鋼がもひと

ざんまいざんす

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旅先での朝は充実した朝食に始まる。オレンジジュースは絞りたて。ラタトゥイユにはポーチドエッグをのっけて。フレッシュサラダにハーブをトッピング。トーストにコーンマフィン、カリッと焼いた四元豚のベーコンを添えて。自家製ヨーグルトにはラズベリーとブルーベリー。コーヒーは勿論濃いめでね。 普段は和食党なの。でも出張が重なるとたまには洋食もいいかなって。ごらんのヘビーな朝食は大阪中之島ロイヤルホテル「コルベーユ」にて。前売り券なら1200円。こいつはホントにお値打ちや。アツアツ焼きたてのコーンマフィンなんか何年ぶりにいただいたんだろう。 まあこの日は朝からお仕事もたっぷりで。昼はインデアンカレーをわずか5分で片付けるありさま。なんとか17時台のサンダーバードに乗り込むことができたんで、ほっとひといきビールをあけるとともに鞄から取り出したものは。 半年間お待ちしていました。クライブ・カッスラーの新作なり。サンダーバードが車両故障で遅れるのをこれ幸いと上下一気に読破。年々ご都合主義が目につくようになっているけど、まあ一読置くあたわざるスリル満点の作品だわ。姉妹シリーズの「オレゴンファイル」とならんで、いつも刊行を待っている。 町田康をまともに読むのは初めて。愛猫家としての文章しか読んでなかったので。困った作家ですね。こういう危険人物はどっかの島に幽閉しておいた方がいいかもしれない。なんでも文章にしてしまえばいいってもんじゃない。凄すぎてコンプレックス。君が掛けるのはスープレックス。質屋に入れたのはロレックス。 前回の出張時に天満の古本屋で購入した。すごい女がいたもんだ。お知り合いじゃなくってよかった。5歳の時から女優稼業をはじめて、家族(これが複雑)、親族、卷族、取巻きを養いながら、楽屋の隅でひたすら読書してたんでしょうね。教養と学歴は全く比例しない生きた証拠がここにある。 出張前の好天が嘘みたいな荒天に、久しぶりの休日らしい週末がめぐってくる。明日にはアマゾンで注文した山口瞳の追悼文集に丸谷才一の新作が届く。また、富山競輪では今シーズンの最終戦が始まる。NHKは「坂の上の雲・第二部」を開始する。 楽しい週末を。貴女にも、貴男にも。もちろん私にも。

この時期、好天にご用心

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きのうは滅多にない晴天だった。11月の末から12月にかけて、ときどきこんな青空の日が出現する。昨年もそうで、これで暖冬かと油断していたら12月の第2週に大雪が降った。 これは広角レンズで空を撮影したもの。そのまま空舞台で青空素材に使えそうやな、と思ったざんす。朝9時ころだったっけ。ちょうどその時分に、立山連峰の室堂付近では新雪による表層雪崩が発生して、スキー客6名が巻き込まれていたのでした。合掌。 浄土山、雄山とつづく峰々の偉容。写真の右側にある雪渓あたりが室堂の事故現場かと思われる。遠目には綺麗なだけなんだけど。天気がいいと、一昨日までの荒天で降り積もり、吹きだまりにたまった新雪が暖められて、表層雪崩を起こしやすくなるらしい。 天気がいいからと気を許すと、山は別の表情を雪の下に隠している。貴女と同じ。 こちらは剣岳(中央)ですね。威風堂々たる姿で、こんな景色が市内から望むことができるのは47都道府県庁所在地でも、富山市だけでしょうねえ。護国神社あたりを散歩していると、本当にパノラマ状に連峰を望むことができます。 富山湾の幸が充実してくるのも師走から。大自然の厳しさは充分ご認識の上で、眼にも舌にもご馳走ぞろいの越中へどうぞお越しください。

酸辣的生活

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1967年2月11日、Japanese  Independence dayつまり紀元節に石川県加賀市の国道8号線沿いにおいて、一軒のラーメン屋がオープンした。 爾来43年。北陸3県を中心にして、東は埼玉県西は岡山県までざっと190店舗を展開する、一大ラーメンチェーンに成長したのが「8番らーめん」なんですね。 レギュラーメニューはデフォの野菜ラーメン塩・味噌・醤油に担担麺さらに中華麺、油そばの変形とでも言うべき唐麺など。 このチェーンで面白いのは定番の「季節限定メニュー」があることで、夏のざるラーメンなど「ああ夏が来たなぁ」と思わせてくれる。その冬版がこれ。 酸辣湯麺(サンラータンメン)であります。予め黒酢ベースの調合酢と山椒の効いた辣油がかかっている。写真奥にそれぞれ別添されているけれど、これで酸と辣を更に好みに調整する。私は過激な味が好きだから、酢を3杯に辣油を4杯かけまわして、さらに胡椒をたっぷり振りかける。 酸と辣のはたらきで、暖まることこの上なし。写真では半チャーハンを付けているが、青菜を刻み込んだ菜飯をそえてもさっぱりする。ここんとこの昼食ではヘビーローテーションに入ってきて、週に2回は対面している。だって寒いんだもん。 こちら越中では、8番ラーメンで酸辣湯麺を食べていれば風邪をひかないという都市ならぬ地方伝説が流布されております。信じようと信じまいと、半径100mに風邪引きがいれば必ず被患するこの私がまだ今年は風邪をひいていない。 ははは、もちろん自宅でも酸辣やっているのよ。市販のキムチ鍋つゆに、さらに煮干し出汁をくわえて、酸っぱくなったキムチをドサッと投入、さらにコチュジャン、豆板醤、辣椒醤を加えて酸味と激辛の鍋汁をこしらえる。ブタ肉、白ネギ、白菜、キノコ類など。あと豆腐とニラを忘れずに。 煮上がったところへ胡麻油をたらして、すりごまを振りながらヒーハーいいつつ食べるのであります。 一緒に食べてくれる猛者がいれば、ここに牡蠣や白子を放り込んで大ご馳走にできるんだけれどなあ。まあほとんどの御仁は、この色だけで尻込みするんだろうな。