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北陸新幹線「かがやき」で東京へ。座るならE席がおすすめ。黒部水餃子プロモーション。「はしご」に「一蘭」に「あつもり」そして「富山ブラック」と麺喰い男の旅は続く。

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3月14日に開業して以来、毎日みたいに北陸新幹線なのである。富山県民50年の悲願だからいたしかたないか。3月の25日には「かがやき」で東京へ。所要時間2時間8分。揺れない。静かだ。座席の具合も旧「はくたか」のグリーン車より、こちらの普通車の方がはるかに上だ。すんばらしい。

北陸新幹線ご利用の方にお勧めしたいのは、普通車で言うとE席。グリーン車ならD席、グランクラスならC席で、ようするに立山連峰がわですね。25日はまだ雲が厚くて、まあこんなぐあいだったけど。スッキリ晴れたらまさに絶景となります。

東京へ着いたらお台場へ直行。なんとまあ黒部市名物の水餃子を、インターネットのグルメサイトで紹介するためのイベントでして。モノが良いから、ブロガーの皆さんにも評判良し。地方創生のお手伝いだってやってるんです。


仕事が終わったのが22時過ぎで、おでん食って行きつけでイッパイひっかけてホテルへ。最近の定宿は新橋というか汐留の「ホテル東急ステイ」で、わりとキレイなホテルで気に入ってます。お昼は銀座に出て「ザギンでシーメーといったらゴシハしかね~よな~」などと蓮っ葉な業界口調をもてあそびつつ、いつもの「はしご」へ。30年近くご愛用なのだ。


東京だよおっかさん。この青空を富山へ持って帰りたいような。金沢からやってくるスタッフと集合して六本木の仕事先へ。しかしあんだけ「丸の内中央口待ち合わせ」って言っておいたのに、どうして八重洲へ行ってしまうのでしょうかね。


夕方までお仕事して、銀座コリドー街のバーで絶品のハイボールやっつけて、鶏鍋で焼酎呑んでスナックをはしごして。挙句の果てに「一蘭」へ突入。単なる酔っ払いですね。お味の方は記憶なし。ひとりひとりケージに首を突っ込んで食べていると、養鶏場のニワトリになった気分ですね。


ホンに私は麺喰いで。翌朝も(前日もそうだった)ホテルの裏「そば作」にて「あつもりそば」の朝食を。もりそばをもう一回湯通しするだけなのに、富山じゃ寡聞にしてないのだよね~ あっためることでそばの香りが引き立って、軽い二日酔いとか、ちょいと肌寒い折などたまらんものですが。


お帰りは10時32分発の「かがやき」で。グランクラス以下全席が埋まっているとアナウンスあり。私の隣に座った中年男が朝10時半だというのに、「特大トンカツ弁当」なぞお召し上がりになっている。ご健啖ぶりは尊敬い…

北陸新幹線開業。書店のない富山駅。椅子の加減は在来線のグリーン車以上か。遅れる富山県。

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北陸新幹線、無事に開業しました。新しい乗り物にはすぐに乗りたがるほうなので開業翌日にさっそく金沢経由で大阪へ。富山駅の新幹線ホームに進入する「はくたか」です。「ブリみたい」とかいろいろ言われるデザインですが、私はイタチに似ている気がします。


前日の土曜日は新幹線を一目見ようと入場券を求める人の列で、切符売り場が長蛇の列となっていたので(待ち時1時間!)、予め市内のJTBにて切符を購入し、事なきを得ました。ところでホームとかコンコースに書店もKioskもないのね。新聞とか雑誌とか手近に購入できないのは活字中毒患者としてはちょっと困るなあ。


普通車の内部。金沢まではたった20分だから自由席で充分。上京する時にいちどグランクラスをためしてみよう。普通車でも全席にAC電源があるので、われわれサラリーマンにはありがたい。あとすわり心地や、可動式のヘッドレストなど、「サンダーバード」のグリーン車よりよっぽどいい。


心配された駅の工事もなんとか滑り込みセーフで良かった良かった。でも在来線の完全高架化とか路面電車の南北接続は2022年までかかるんだって。7年後じゃ私はすでに定年で、はたして日本のいずこに暮らしていることやら。なにごともテキパキと事前に工事を済ませる金沢との、この意識の違いが、今後も北陸における位置の高低につながるんだろうなあ。


3月11日は鎮魂の日、しかし誕生日でもあるのだなあ。カツカレーとトマトと玉子と。

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悪夢のようなあの日からもう4年がたってしまった。3月11日、鎮魂の日。震災・津波でお亡くなりになられた方々へ心から哀悼の意を表します。また、まだ避難生活が続く被災者の方々に、一日も早い復興を祈念申し上げます。
ところでその3月11日は、どういうめぐりあわせか私の誕生日でもある。今年で55歳。富山へ赴任して6年。富山駐在族でも最年長の部類になった。
そして、朝起きだしてみるといちめんの雪が。

スカパーのパラボラにもびっしり。越中の地に春はまだまだ遠い。寒い。


テレビをつけても、ひたすら「4年前のあの日」の映像ばかりが繰り返される。陸前高田とかを見る限り、復興はまだまだ遠い未来に感じられる。自然の猛威に対して、人間のなんと無力なことか。

気持ちも寒いのでせめて身体だけでも暖まりたく、朝っぱらからカレーうどんなど。


55歳といえば昔で言えば定年だ。しかし平均寿命がこんだけ伸びてしまうと、長々と年金を払うわけにもいかず、多分私の定年は還暦過ぎになりそうな。まだまだ頑張らねば、と自らに気合を入れるつもりで、お昼もカレー。それもゲンを担いでカツ(勝つ)カレーをいただきました。


同僚から引き取ったらしい風邪で熱っぽく、外食する気分でもなかったから、「トマトの卵とじ」をメシに乗っけた「トマ玉丼」で夕食を。味噌汁と合わせても制作時間は10分足らずにして栄養豊富なところが何とも単身者向きであります。


せっかくの誕生日にただただ祈っているほど聖職者じゃないので、このあとは松川を渡ってしまい風邪だというのに行きつけの店でしっかり盛り上がってしまったのでした。煩悩我を去らず。

特急「はくたか」私的ラストランは雪景色のなか。4食連続で麺「立山そば」「リンガーハット」「小諸そば」「はしご」と。裏日本の豊かさと幸福。還暦の「ひょうちゃん」をゲット。

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先日の「サンダーバード」富山~大阪直行列車ラストランに引き続き、3月の7~8日は東京出張で特急「はくたか」の私的ラストランとなった。こちらは14日の北陸新幹線開業を受けて9年間の歴史を閉じ、あらためて「北陸新幹線・はくたか」に生まれ変わる。

直江津~越後湯沢間はレール・枕木などが新幹線仕様になっているため、在来線では最高の運用速度160キロを誇るスピードランナーでもあった。


新幹線駅の開業などで富山駅は改装のまっただなかで、売店の面積が減っており、13時前の乗車だというのに弁当がすべてソールドアウト。構内営業の「立山そば」で、かき揚げ蕎麦に卵を落として。
なににつけ大喰らいの富山ケンミンが愛用するだけあって、ここの蕎麦はデフォでひと玉200グラムくらいあって食べごたえ満点だった。このたび何を思われたか「さらに増量」と表記されている。食べた感じでは、まあ蕎麦玉ひとつが225グラムくらいある感じ。大阪東京の駅そばとか立ち食い蕎麦なら、まちがいなく「大盛り」と呼ばれる量である。

それではこの店における「大盛り」とはいかなるものか。私の胃袋では完食不可能と思われるので、誰かハラペコマンを連れて行って目撃してみたいところ。


旅のお伴は酒井順子の「裏が、幸せ」。青森から博多までいわゆる「裏日本」をめぐって、表日本にない豊かで湿潤な世界を紹介している。まあ私は山陰と北陸しか知らないけど、おっしゃるように表日本の各都市よりは「ゆったり」していて「豊か」だと思う。特に富山は6年住んでみて、空恐ろしいほどのケンミンの貯蓄残高とか、土地の広さとかを実感。そりゃあんだけ広い家に住んでいれば、3世代同居してもメリットしかでてこないな。

新幹線は、その高速で「東京」をダイレクトに伝えてくる、たんなる交通機関を超越した文化のパイプみたいなものだ。ひとたびそこにつながれてしまうと、地方都市の味わいがどんどんミニ東京化されてしまう。「豊か」で「じんわりとした」富山県が、いつまでその個性を保っていられるか。


川端康成じゃないけど、三国峠をはさんで冬場の天候は文字通り一転する。越後湯沢到着前に見上げた山はまだまだ春の訪れが遠いことを主張している。


越後湯沢は3月14日以降はスキーと温泉と登山の観光駅となり、北陸との乗り継ぎたーみまるとしての機能はほぼなくなってしまう。第3セクターである「ほくほく線」が…

富山~大阪 直行サンダーバードへ 駅弁マイスターいちおしの「ぶりかまめし」 そして深い夜は金沢~富山~大阪へ。

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富山から大阪へ直行するサンダーバードは3月13日を持ってその役目を終え、金沢までは北陸新幹線もしくは在来線で、金沢から乗り換えで大阪へということになる。3月5日は私にとって富山~大阪直行のラストラン(何か事件が起きて緊急の出張がない限り)となる。そんな日の前夜、センチメンタルに富山で・・じゃなくて金沢は片町、犀川べりで某社長と一献してしていた。


金沢のバーは、同じ古都ながら京都とも雰囲気が違って、これはこれでいいもんだ。まあこの店から長いはしごが始まって、ホテルへ戻ったのは何時のことやら。


しかし出張に送れるわけにはまいらぬのが、サラリーマンの定めである。朝いったん富山へ戻り、身だしなみを整え、午前中に諸々片付けて私にとってのラストランへ出発。


富山駅前。あと10日ばかりで新幹線開業だというのに、いまだに露地があって重機がうごきまわっているって、どうなのか。いちケンミンとしてはなんとか奇跡的に進捗してほしいような。


腹が減っては出張も行けませぬ。この時期限定の「ぶりかまめし」を入手。なんでも1月12日TBSの「いっぷく」にて、駅弁マイスターの三浦由紀江さんが、ナンバーワンに位置付けてくださったんだとか。


看板にほぼいつわりなし。でかいブリカマは、骨まで食べられるほどに煮込まれていて、それでいてしつこくない。添えられた山椒と千切りの生姜がいい仕事をしている。ワカメも好い酢加減で、スルスルッと二日酔い気味の胃の腑に収まった。


大阪では厳しい話が続いて、これは進退伺ものだわと冷汗三斗の思いをしつつ、午後7時ころまでお仕事に励んだ。そのあと後輩と一杯だけひっかけるつもりが、そこには京都時代以来の後輩で大の呑み助がいて・・・翌日の昼は大阪天満は「うどん・てんま」のカレー煮込みおじやうどんなる、とにかく汗かいてアルコールを飛ばそうなどと、動機不純な昼飯となってしまった。


この日は夜に富山でさらなるご用事(飲む方の用事です)があって、3時間半のほとんどを居眠りしながら文字通りのわがラストランへ。


雪解けの初ラウンドは6年目の奇跡。吉野家に始まり自家製牛丼に終わる。岳飛伝も12巻か。ほろ苦さは菜の花だけにしてほしい。

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6年目の奇跡である。雪国越中の里で、なんと2月の28日にゴルフができたのだ。23日に「呉羽CCが土曜にオープンするけど、どう?」と誘いを受けた。例年のごとく3月一杯は関西のゴルフコースにバッグを預けっぱなしなので、あわてて富山へ送ってもらった。

まだ山の方には雪が色濃く残っているし、27日の夜も白いものはちらほらと舞っていたが、28日は晴天という天気予報を信じて、いい子にしようと禁酒までしたのだ。だから夕飯はストイックに吉野家の牛鮭サラダ定食で。


しかしスタート1時間前の午前9時にコースへ来るとこのありさま。ほんまにできるんかいな、とグリーンキーパーに聞くと、「大丈夫、あと1時間で溶けます」と力強いご返事が。暖機運転を兼ねて練習場でものの200発も打たせていただいた。おかげでスタート前にマメを作ってつぶしてしまう始末である。嬉しくてがっつりとグリップを握りしめていいたのでしょう。


再スタート20分前になってもこんな状況。やっぱりあかんのかなあと悲観していたら、キャディマスターから「出ますよ」の掛け声が。とにかく溶け出しているホールから順繰りに変則的ラウンドをすることになったらしい。


まずは日本海コース13番ホールから。ほんまにできるやん。あまりにコーフンしたせいか記念すべき2月の富山でのティーショットはどテンプラに。日本海イン~立山イン~日本海インと回って、やはりチャンピオンコースの日本海では58をたたく始末となった。しかし立山ではダブルボギーひとつにパーひとつで、ジャストボギーペースの45でラウンドできたのが収穫だな。落ち着いてボギーオンを狙っていけば90切りも夢じゃないぞ。


春らしい気分を味わいたくて、夕食には菜の花の浸し和えを。人生のほろ苦さはもはや十分かと思うけど、辛口の日本酒に菜の花の取り合わせはいいもんだと。あと和牛の切り落としをタマネギと炊いたものは、極上の牛丼の「アタマ」を思わせて、ビールによくあう。


日曜の夜はちょっと創作料理で。豚ロースの(ご当地、黒部の名水ポーク)生姜焼きを工夫してみた。100%のリンゴジュースにおろしニンニク、おろしショウガを混ぜ込んで豚肉を小1時間漬け込んで、しかるのちに醤油を加えて焼き付けてみたのである。

リンゴの酵素が効いたのか、これはもうトレビヤンで、ふっくらとした仕上がりと、じわっと沁みだす滋味のふかさと。諸兄姉に…