投稿

3月, 2018の投稿を表示しています

入院生活あれこれ。

イメージ
入院していると普段得られないものを得ることができる。その最たるものが「やり場のない時間」というヤツで。どこかに出かけるわけにもいかない。だいいち背中に縫い目あったり、点滴でつながれていたり。また院内はもちろんのこと禁酒禁煙だから(まあタバコはすわないけど)、それにともなう楽しみというのもない。テレビを呆然と眺めるか、本でも読んでいるか。私はテレビより本でした。

3月8日に入院して9日が手術、12日には退院してしまたので、まあスピード入退院ですよね。その間に上記の4冊。男性作家が1冊だけなのは、まことに昨今の日本文学を反映しておりますね。
人生は特記すべき大障害がそうあるもんじゃないけれど、それでも心が痛む小さなトラブルや行き違い、ボタンの掛け違いがたくさんあって、そんな小さな山やら谷やらこえて、生きていくものなんですね。4冊ともにしみじみと生きてあることの幸せを感じさせてくれました。入院にはもってこいのセレクトでございましたね。

あと病院生活のアクセントというべきが3度の食事で、わたしは内臓系じゃなかったから「常食」だったけど、それでも相当に塩分が薄くて、若干高血圧気味にはいい療養になったかも。ただいくら入院しているからって、嫌いなものには断固として手を出さない。牛乳。りんご。バナナ。みかん。近代栄養学がなんといおうとも。


手術して縫合したあとには、こういった「消毒済みガーゼ」を貼ります。別に消毒液とかつけないのね。手術の翌々日からはシャワーも浴びるように指導され、現代の医学では縫合痕を密封するのでなく、よく洗って通気性を持たせて乾燥させることになっているようです。


病室はこんな感じで、14平米ほどの個室。独身なので何があるかわからないから、入院保険とかいろいろ入っておいてよかった。PCもケータイも使い放題だし。まあ病衣を着てPCにむかって点滴うけつつ仕事するのはいかがなもんかとも思いましたけど。おまけに窓からはオフィスが見えるし。



それでも大過なく退院することができ、抜糸まで1週間の禁酒といオマケまでついたけど、無事に20日には抜することができました。病院スタッフの皆様のおかげであります。感謝。

人生初の全身麻酔。

イメージ
3月9日。いよいよ手術の日である。人生初の全身麻酔手術。朝、テレビ用のプリペイドカードを買いに病室を出たら、ドアの横にこんなものがぶら下げられていた。「いよいよ」感、ありますよね。


朝の検診のときに、ベッドボードにも酸素吸入セットが。胃腸を空っぽにしておかないといけないので、朝飯は抜き。10時以降は水分補給も禁止。手術開始が13時で、終了予定が15時。そのあと3時間の絶対安静があって、つぎに水分を口にできるのは18時になる。手術後の自分、が全くイメージできないので、使い古したセリフですけど「まな板の鯉」そのものです。


酒飲みには麻酔が効かないとか申しますが、現代医学は進歩しておりまして、点滴を入れられて、マスクを被った・・と同時に意識を失い、次に看護婦さんに起こされたら手術は終了しておりました。術後3時間の絶対安静が厳しかったですね。痛いわけじゃないけど、身動きできないし、あちこち管で繋がれているし。


手術部位が腰で、脂肪腫の撤去という、どちらかというと予防手術であり内臓に何の課題もないから、術後の夕食はいきなり「常食」で、ハンバーグなんぞ出てまいります。10年ほど前に腎臓の手術(これは部分麻酔)をした時には術後二日ほど重湯からお粥であって、おかげで3キロくらい体重が減ったのだけど。


手術が終わってから、三日ほど経過観察をして、自分一人でガーゼを取り替えられるように要領を覚えてから退院した。患部が背骨に近いので、洗面所の鏡くらいだとなかなか患部を視認できない。帰宅してまずやったことはアマゾンに姿見を注文することでした。独身のおっさん宅には、そんな気の利いたものは置いてなかったのです。

入院〜手術前夜。病室にも仕事環境を。1800カロリーの真実。眠れぬ夜。

イメージ
3月8日。いよいよ入院である。事情あって還暦前というのに独身であるから、こういう時の手続きには困る。「入院保証人」「手術立会人」とかが、親族でないといけない。大恋愛中の恋人や、死命を分かつ盟友でもあかんのです。
案内された個室の窓からは、昨日まで働いていたオフィスが見える。みんなあそこで営々と仕事してるんやなあ。会社の見える病院というのも微妙に療養感がないですね。

ちょっとややこしい仕事を片付けきれなかったので、PCごと持ち込んでしまった。流石に個室の威力で、PC持ち込み・携帯電話の室内通話OKなんですね。しかしまあ手術前日のこの日に、ひっきりなしにメールは来るし電話はかかるし。結局夜の9時頃まで仕事に追われておりました。普段そんなに忙しくないのに。病室で退屈しているだろうなあ、という周囲のお心遣いだったのかもしれませぬ。


病室は14平米ほどで、テレビ・冷蔵庫に有線440chがつく。ただしこの有線はイヤホン専用なので、私は使わなかった。もし長期入院になるなら、PC用の小型スピーカーをアマゾンで購入して病室付で取り寄せるというのもアリかな、とは思いましたけど。あと、トイレとシャワールームが付いている。医療保険に入っているから、差額ベッド代はきちんと出るので(そのために月々保険料を払っているのだ)、精神的に負担感はない。


入院当日の食事は、あてがい扶持で、この夜はカレーコロッケとわけぎのヌタと炊き合わせであった。味付けが薄いのと、出汁を感じないのは、まあしかたがない。でもそれなりに受け入れられるお味でした。一応減塩で一日1800キロカロリーに計算されている。へえっ、1800ってこんだけしかないの?とびっくりした。実際にきちんと計量された1800キロカロリーを食べてみると(病院にいる分にはこれで足りるから不思議)、普段は自分の意識の中で2000カロリーくらいの食生活を送っているつもりだけど、厳密に計測したらきっと2500カロリー近く食べているんじゃないだろうか。


夜、なかなか寝付けないで窓の外に広がる土佐堀川の夜景を眺める。明日は人生初の全身麻酔手術である。大酒呑みの私にきちんと麻酔は効くのか。術後の痛みはどうなのか。はたまた麻酔明けの譫妄状態で、人はいろいろ普段抑圧していることを叫んだりするらしいが、私は何を叫ぶのか。人生初体験だけにどうしたってビビってしまう。


手術前カウントダウンの七日間。焼肉・鰻にカレースパ。

イメージ
3月2日の夜。家の近所、紅梅町の「味楽園」へ。ここはなんでも「ハーフ」にしてくれるので、一人焼肉にももってこいです。レバー・上ハラミ・ロースをあわせて1.5人前。これにサニーレタスとキムチ。のちほど小ライスをつけて大満足。隣で同じくひとり焼肉やっている(多分私と同年輩の)おじさんは、肉のお代わりを繰り返して、どうだろう、5人前は軽くやっつけていた。「肉、好きなんです」などと言いつつ。すげーなあ。同じ歳くらいの人間が、健啖であることを見ると、なんであれ尊敬の念が湧く。こと食欲に関しては、完全に人生の後半期に入ってしまった。

他人の食欲に圧倒されて、バーやスナックに行く気力もなく。そのまま帰宅して自宅でハイボールを。PCいじったり、文庫本を見ながら「茎わかめ」で一杯やるのは、これも独身酒飲みの楽しい時間ではありますが。


おひな祭りの土曜日に、一緒に遊ぶ仲間もなく、ゴルフに誘ってももらえず。ひとりやさぐれて、やはり近所にて激辛の坦々麺を。キングクリムゾンとかピンクフロイドが大音量で流れる、音楽的には70年代プログレ・サイケでいうことないのだけど。麺は茹で加減がええ加減な上に、湯切りが悪いのかもっちゃりしているし、スープは生ぬるいし。それなりに辛いのだけど、なんか今ひとつ足りないんだよね。


週が変わって3月5日。何かと忙しく、多忙の証はインデアンカレー。小麦粉と脂で練り合わされたカレールーといい、茹であげてからサラダオイルをまぶして保存され、さらに大量の油で炒め直して供されるスパゲティといい、糖質と脂質のかたまりみたいな食事なのだけど、気合いで乗り切りたい午後を控えていると、こういう火薬をカラダに詰め込みたくなるんですよね。


夕方5時過ぎまであたふたと仕事を片付けて、そのまま新大阪へ。「のぞみ」がほとんど満席だったので、手近な「ひかり」に乗り込む。所要時間は30分も変わらないで、隣に誰も座ることなく移動できるから、時間に余裕があるときには使います。


慌てて乗ったので、夕食の弁当を買う暇もなく、車内販売に頼ることに。なんとまあ駅弁が売り切れで、ビフカツサンドとビールが夕食になりました。昼も夜も戦闘食やなあ。


東京では新橋で(昨年末に転勤した)S君と一献。そのまま定宿のホテルに直行して、早めに寝てしまった。はしご酒する元気がないのです。口の端がきれていて、これはカラダがへば…

全日空のブランド論。2月最後の東京日帰り。東京駅お勧めの駅弁。

イメージ
3月8日から入院(と言っても予後含めて1週間くらいなのだけど)なので、それまでに片付けておきたいことも多く、2月28日には朝の便で東京へ。いつも思うのだけど、全日空がStar Allianceのメンバーであることを殊更に誇示する理由がわからない。確たるブランドなのだから、素人が誰も知らないようなシンジケートに入っていることを言い募ったところで、なんのブランドビルディングにも役立たないと思うけど。


昼一からの打ち合わせ話を控えて、銀座で一発。恒例の「はしご」へ。今回は鶏肉をのっ
けた「ちいすいだんだんめん・大辛」を。世の中に変わらず頼れるものがあるとすれば、私にとってはその筆頭格となる味わいだな。



山手線では「ファーストガンダム・スタンプラリー」なんてやっているのです。有楽町駅のキャラクターは「ミライ・ヤシマ」で、このセリフはホワイトベースがサイド6に入港した際に、婚約者であるカムラン・ブルーム氏に向かって放たれたもの。これ以上つまびらかにすると、最近その存在が疎んじられている「還暦前のファーストガンダムおたく」みたいになるからここまでとする。


13時からひとつ、15時半からもうひとつ、打ち合わせを2件こなして夕方の新幹線へ。最終の「のぞみ」まで東京で一杯やりたかったけど、アレをやって帰ると翌日本当にこたえるので、とっとと車上の人となった。30代の頃は始発の新幹線で東京へ、仕事が終わっても有楽町のガード下で、もつ煮込みにホッピー&焼酎を楽しみ、ようやく最終の新幹線に乗って、さらにビールやらウィスキーやら飲み続け、そのまま北新地へ、なんて平気だったのだけど。


東京駅で時間があると、地下のグランマルシェへ降りていってこのシャケ弁当を購入することが結構多いですね。シンプルイズベストみたいな。あまり余分な味がしないのが気にっております。脂っ気がほとんどないのでヤングな方々には向かないかも。


平穏な2月が終わって、3月へ突入。普通に出社して、お昼ご飯はまたまた普通に鯖の塩焼き定食に。どうしてサバってこんなに飽きないんでしょう。毎日中トロの握りだったらきっと三日で飽きると思うんだけどな。


日常に喜びあり。2018年2月末。

イメージ
もう随分と昔の話みたいだ。今日が3月13日で、この写真が2月26日だから半月近くもほったからしにしている。まあ色々ありましたからね。しかし我ながらサバ好きだな。


その晩は天神橋筋4丁目の「大阪トンテキ」で「とんたま定食・ニンニク入り」を食べていたと見える。豚コマを甘辛醤油味で炒めて、スクランブルエッグを添えて、ニンニクのソテーをトッピングして。飯にもビールにの合わないわけがない。


これは2月27日だな。自宅近所のカウンター割烹で、ナマコ酢をアテに日本酒ですか。歯医者の帰りの恒例行事でございます。痛い思いをしたごほうびに、大好物のナマコを。


店主にわがまま言って作ってもらってる「菜っ葉と薄揚げと豆腐の煮付け」は、シロナの歯ざわりを微妙に残して、関西らしいしっかりした薄味がたまりません。


で、お酒を飲んだ翌日の朝飯であります。ネギ入りだし巻きに、玉ねぎと白菜の味噌汁。納豆に大根おろしにキウイフルーツ。ご飯はもち麦入り。朝飯には執着するほうなので、
ほぼ毎朝こんなメニューです。

2月まではこうやって、平和な日々が続いていたんですね〜日常性の喜びってやつですか。


ホンマにサバ好き。しばらくゴルフとお別れ。入院を控えて。還暦は外堀の陥落とともに。

イメージ
小鉢並べての夕食は、一人でも楽しい。我が居留地である「南森町」は全国に「〇〇町食堂」などを展開するフジオフードシステムの本拠地である。だから同社の店舗がそこら中に展開されている。食堂はもとより洋食屋・パーラー・天ぷら専門店・居酒屋・喫茶と、手荒く多彩である。
この日は「天神橋筋2丁目食堂」へ。胡瓜とワカメの酢の物、ホウレン草のおひたし、鯖の煮付け、きんぴらごぼうにコンニャクのおでん。これだけ羅列するととんでもない大食いのようだけど、いずれも小鉢サイズなので、ビールのアテにちょうどなんでありますね。


昼メシは一人で出かけることが多い。若い人が多い職場なので、嗜好が合わないんですね。私の理想は焼き魚にご飯・味噌汁っていう正しく日本人なメニューで、東京にいれば例の担々麺に固執したりするけれど、大阪にいるときは、堂島アクシスビル地下の「親方」で鯖の塩焼き定食をつついている時がもっとも至福であります。
まあ時間がなくてインデアンカレーとか、時に麺類とかもございますし、若い人とイタ飯のランチなんてこともございますがね。


熱々のうちに食べるならおでんよりお好み焼きだと思います。でも、おでんに熱燗というのもこれまた季節的に恋しくなるものではあります。天神橋筋5丁目にある「聖」は、そんな夜にぬうっと出かけてしまう店でありまして。ものすごく美味しいというもんじゃないけど、おでんで熱燗なんて気分の時に極上のおでんである必要は、私にはありませぬ。


まあだ2月だってのに、毎週みたいにゴルフに出かけてますね。冬場で安いってこともあるのですが、もっと大きな理由もございまして。3月上旬に入院なんかしないといけなくなってしまって。それなりの手術なんで、4月上旬まではまずもってゴルフや運動が封印となりました。回復次第ではもっと伸びるかも。ということで仇みたいにラウンドしていたわけなんですね。それもこの日がラストで、次にコースへ出かけるのは、いつの日になることやら。


牡蠣フライには目がなくて、三田ゴルフクラブの食堂は洋食系のものを頼んでいればまず外れないのだけど、この日の牡蠣フライも黒ビールのアテに絶好でした。今度来るときはもう牡蠣フライも終わっているんだろうなあ。


コレステロールやら中性脂肪やら血糖値やら、成人病関連には縁がないのだけど、昨年来バネ指に始まって、足指の骨折に歯医者がよいに、今年はついに眼に緑内障が…

オリンピックは日本女子の女子力だなや。そだねー、今週も東京なんだ。

イメージ
暑いときに汗をかきながら啜り込むカレーうどんもいいもんですが、凍てつく冬はもちろん、いっとう有り難いもんです。大阪駅前ビルの地下にある「四国屋」の「細カレーうどん」は、細麺を使っているからカレー汁と麺がいっそう絡んで、口内大火事状態になること必至であります。しかし40代まではこれにご飯をつけて平気だったのに、今はうどんだけでも持て余す。「麺半分で」と言いたくなるほど。


信じられないほどの行列で有名な「春駒寿司」の隣に、昭和レトロな「街中華」である「精養軒」があります。八宝菜にカニ玉(カニは入っていないけどね)、焼豚に唐揚げがふたつ。相当なボリュームなんで完食するのは結構困難です。これまた40代前半はこれに餃子を2人前とか付けて平気だったんだけどなあ。このまま胃袋が小さくなっていったら
あと一回りして70歳になんかなったら、鳥のエサほどにしか食べられなくなるのだろうか。それとも、そこまでは生きていけないことの前兆なのだろうか。


オリンピック、日本女子はやっぱり強いですねえ。パシュートの金メダルは飲み屋のテレビで見ていたのだけど、一気にビールが進みました。高木姉妹も3度目のオリンピックにして、互いに金が取れてよかったよねえ。


還暦前の老体に気合いを入れて、またまた東京へ。スケジュール的に日帰りをせざるを得ず。往路はヒコーキでひとっ飛び。しかし前割で買うと新幹線より安いんだよねえ。ヒコーキの方が高いイメージがあるんだけど、以外です。


羽田について、モノレールの改札をくぐってから、車両故障とやらで運休になっているのを知らさせる。交通系のカードでゲートをくぐった後は、手作業でデータを解除しないといけないので、たちまちにして大行列。途中から自動改札機でもデータ解除できるようになって、大行列から解放されたけど、運休の可能性が出た時点でアナウンスして欲しかったですね。まあおかげで何年振りかに京急に乗ることができたんだけど。


時間にゆとりを持って出かけたので、モノレールが止まってもまだ多少の時間が。品川から神田へ向かう山手線を有楽町で途中下車。毎度おなじみ銀座「はしご」へ。毎週東京へ出かけるなら、その都度に昼となく夜となくこの店に参上いたします。3分の一世紀通っているけど飽きない。大阪に出店希望のナンバーワンだな。


仕事終わりが見えなかったので、帰りは新幹線にした。ボサーっとしたり、本を読んだり…