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58歳。食欲と体力と。毎日ウナギを食べられるのなら。

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毎度のことなら、食うことばかりで申し訳ない。サラリーマンの昼食です。堂島アバンザBFの「親方」で鯖の塩焼き定食を。多分週に2〜3回は食べているに違いない超ヘビロテメニューであります。

時にはスタミナ強化のために堂島地下街の「ニュー神戸」で豚シャブを。ここは同じ地下街で場所を変えつつ、少なくとも40年くらいはやっている。個人的食欲史でいうと30代前半の全盛期には「豚トリプル」で「ご飯3杯」くらい平気だった。


7月14日はゴルフ敵のM様と三田ゴルフへ。ここ半年、ハンデ14もらっても勝てなくなっている。体力精神力ともに私の老化と衰弱は甚だしすぎるのではないか。


やっぱり体力つけないとなあ、というわけで朝からレトルトの鰻丼と肝吸いを気張ってみた。大残業が見込まれていたからね。やはり霊験あらたかで、10時近くまでの残業になんとか耐えることができたのでした。
といって毎朝鰻丼を食べられる経済力はないし。初老の体力を何を持って涵養せんか。


天満暮らしの日常食。

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随分とほったらかしにしてしまった。これは7月4日に、天神橋筋2丁目食堂にて、一杯180円の生ビールで野菜炒めとほうれん草のおひたしと、冷奴で。


7月6日には会社近所の「宿り木」で肉丼の昼飯をしたためていた。こんなに柔らかい肉をどっさりのっけて、1000円殺でお釣りが来ます。


実は肉丼を食べていた店で知己のご一同に遭遇。おりから襲来していた台風のため、九州へ帰れなくなった方々で、当然、夜は合流しての大騒ぎとなりました。おかげで翌日はとんでもない二日酔いに。「四国屋」のカレーうどんで体内を活性化した。


その夜。外は雨。アパートの駐輪場に止められているスクーターに、地元猫が避難しておりました。こいつには時々煮干しなどプレゼントしてやっているのだけど、懐かないです。野良には野良の矜持があると見える。


天五にある「精養軒」で中華定食。洋食屋みたいな名前なのだけど、今時貴重な「町中華」の店で、気楽にビールやらハイボールやら。冬場には熱い紹興酒もあるし。こういう店が続いているのが下町のありがたさ。


朝から暑いと、いきなり半田そうめんを湯がいて朝飯にしたりもする。頂き物なのだけど、これが最後の一束になってしまった。


「王将」にて、今月のメニュウとかで黒酢酢豚を注文したけど、私には合わない味でした。普通のキッチュな感じの酢豚の方が、王将らしい味で好きだな。


これば多分「天一更科」のカレー蕎麦で、平日の7月10日に自宅近所でカレー蕎麦を食べているということは、前夜に暴れすぎて半代休を取っていたということに他ならない。会社が完全フレックスになったので、業務に差し支えがない限り、気楽に午後出社できるようになったのは本当にありがたい。


毎度の東京 スジャータ夫人 ドーミーイン神田の楽しみ 神田は鰻、新橋はスナック、銀座はだんだんめん。

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あいかわらず大阪~東京のドタバタ往復生活が続いている。この日は新幹線で。前夜に飲みすぎて相当な二日酔いで乗車した。とにかく寝る。


こういうときにむしょうに欲しくなるのよね~このコチコチに凍ったアイスクリーム。気高きおなまえは、麹町にあったインド料理の名店の経営者スジャータ・ムールティ夫人とは、まあたぶん関係ないでしょうけど。濃厚にしてさわやかなお味が、修行で衰えたゴータマ・ブッダを甦らせたものを彷彿とさせております。


神田の事務所で遅くまで打ち合わせをして、夕食は神田西口に立ち並ぶ居酒屋から適当に目星をつけた店で。可もなく不可もなし。このあたりで仕事するときの定宿、ドーミーイン神田でひと風呂浴びて、寝酒を少々。


神田から子伝馬町に至る道筋でこの看板を発見。年に数度、このルートの先にあるスタジオで仕事をするので、もう目になじんでしまっているけど、私に縁が深くなりそうな、しかしぜったいに関係を持ちたくないような。複雑な団体もあるものですね。


仕事を終えて、子伝馬町のなんて事のない中華料理屋で夕食を。そこでいったん解散して、わたしは悪い友人たちに合流しました。午前2時まで大騒ぎ。東京にも楽しい仲間がいるって、仕事の励みになりますねえ。

神田のドーミーインには朝飯にゆでたての蕎麦と天ぷらがあり、お酒を飲んだ翌朝とかとてもありがたいかぎり。ちょっとピリ辛のカレーも上々の味で、朝っぱらから完全にカロリーオーバーとなります。こまったもんだ。


かつてシャア・アズナブルは言った。「チャンスは最大限に生かす。それが私の主義だ」と。私もそれに倣い、せっかく神田で仕事をしているのだから、お昼は「うな正」へ行く。国産ウナギをご覧のうな重に仕立てて1300円は感動的でさえある。


何時まで仕事をしていたか記憶がさっぱりないのだけど、新橋の居酒屋から新橋のスナックを経て、気が付くと銀座の「はしご」にいた。相当に酔っぱらっていたのに、まだわあわあ言いながらビールを林立させていたような。


翌朝は全日空で大阪へ。戻ってからも仕事があるというのは、58歳のカラダにはいささかつらいものもございます。


カレーは続く。東京日帰りのシメはシュウマイ弁当に。町田康の「ギケイキ」に抱腹絶倒。

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カレーを作りだすと毎週続く。私の流儀ではタマネギとニンニク、それと豚バラだけを使う。辛いのが好きだから、一味唐辛子と黒胡椒と生姜も追加する。あと台所にあるスパイス類を適当に。カルダモンとかクミンとか適当に放り込む。あと、カレーを食べるタイミングが大事で、朝が一番いいですね。一日の活力が湧く。


朝から気合を入れて、東京へ行き、仕事を片付けてまた大阪へ戻る。いい時間の飛行機が満席だったのでこの日は新幹線で往復。これは結構疲れますね。

新幹線で往復6時間弱。読書にもってこいで、新聞の書評で面白そうだった町田康の「ギケイキ」を読みながら。これは源義経のまあ口伝書をパンク侍の流儀で破茶滅茶自叙伝に仕立て上げたもの。ハードカバーでは続巻も出ているようなので、文庫化が待たれます。こんな抱腹絶倒の本を、机で読むなんてもったいない。出張の友に限りますね。


普段はあまり新幹線の中で飲食をしないのだけど(飲み食いしたものがどこに落ち着いたのかよくわからなくなるので)、大阪到着が22時近くとなれば、車内で夕食を認めざるを得ず、そうなればやっぱりビールを飲まざるを得ず。


オモロイ本を読みつつ、ビールを啜りつつ、ツマミがわりに楽しむのに、横浜崎陽軒のシュウマイ弁当に勝るものは、まあ新潟「鮭の焼き漬け弁当」とかの傑作がないではないけれど、東京駅のどこでも買えるという強みがすごいですよね。


大阪に戻って、翌日のお昼は超定番となった堂島アバンザ地下の「親方」にて「脂鯖塩焼き定食」を。週に3回くらい食べているのに飽きないのが不思議。この店は夜も素敵な居酒屋なのだけど、いっつも満員でなかなか入れないのが残念。と言って居酒屋へ行くのにわざわざ電話予約するのも、昭和のサラリーマンとしては抵抗がございまして。


昭和オヤジの休日はカレーにゴルフに先斗町に。

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また半月も更新が滞ってしまった。微妙に忙しいのと、さすがに世間は初夏から真夏に向けてすすんでおり、帰宅途中のビールに誘惑され、そのまま2軒3軒まわったすえに自宅にたどり着いたころには気息奄々、PCを開く気力もないって塩梅なんである。

そんな自分でも、土曜日には思い切り早起きしたりする。ゴルフに出かけるときである。4時半ころから起き出して、カレー作りに励んだりする。どうしてそんなときに体軸を揺るがすほどの情熱でカレーを作り出すのか?まったく自己分析不能で、いかなる劣性遺伝によるものなのか。


朝からカレーをしっかり食って、1番ホールのティーショットに向かうのだけれど、慎重に打ち出したはずが球は左へ左へとスライスし(私はレフティーなんで)、OBゾーンへと向かっていく。40代まではドローヒッターだったんだけどねえ。左OBのホールではもはやドライバーでなく、スプーンを持つべきなのかもしれない。そんなに飛距離も変わらないし。


ここの食堂は、カレーとハヤシライスが美味しい、ゴルフ場レストランとして正しい姿勢もあるのだけど、妙な新メニューを毎月のごとく創出してくる。今月は洋風冷やし担々麺ときた。野菜がたくさん摂取できるのはいいけど、二度とトライしたくないお味でした。ルッコラと四川風味ってどう考えても相性よくないよね。


京阪特急で京都へ。プレミアムカー500円でこんなに快適に京都まで行けるようになるなんて。川端三条まで行くから、木屋町先斗町がホームベースの私にはありがたい。


鴨川河畔に鈴なりのアベック。この風景は40年前から変わらない。実は相当に蒸し暑いし、蚊も出るし、決して快適ではないのだけれど。


京都でしっかり食べて飲んだのに、天満に戻ってもう一杯。明日は会社だからいい加減にしないといけないのだけど、飲み助には「〆の一杯」が嬉しいもんです。ゴルフして、先斗町で遊んで、昭和のオヤジそのものだなあ。


大阪地震・余震におびえつつ入梅イワシを堪能。おびえつつ博多出張へ。執念の豚骨ラーメンと思わぬ意趣返しと。

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大阪を襲った震度6から2日後、まだ余震におびえる日々ながら仕事も生活も続いていく。 ひいきにしている「堂島アバンザ・親方」で昼飯。梅雨の真っただ中だからイワシの最もおいしい時期でもある。産卵前でしっかり脂がのっていて、生姜煮でどんどん飯が進む。しかし3尾はちょっと多かったかな。

午後から博多へ出張。なんやら派手な塗装のANAに乗って。新幹線と時間は変わらないのだけどね。地震のあとはどうしても新幹線が怖いんですね。震度6プラスくらいで脱線したりしたら、相当に悲惨なことになるでしょうし。


博多では結構遅くまで(怖くて時間は書けません)お取引先様と見積もりをめぐるバトルロイヤルが。しかし折り合いがついて、たのしく居酒屋で夕食。そこで一同解散して、私はさらに中洲の行きつけへ。2月に改装されて以来で、それにもかかわらず「昨日も来ていたみたいな顔をして自然に入ってくるのね」などと言われつつ。こちらもハタチのころからこの道の修行をしておりますんで。


ホテルの近くで午前2時も回ろうかという時間に営業しているラーメン屋がここしかなかったので飛び込んでみたのだけど。博多で醤油とんこつってちょっと違う気がする。やたらにラードが効いていて、好きな人にはいいんでしょうけど。「普通の豚骨ラーメンが食べたい」という要求だけが残ってしまった。


翌日はホテルでチェックアウトぎりぎりまでPCのお相手。エクセル苦手なんだよなあ。おまけに伊丹便の飛行機が夕方までなくて、おそるおそる新幹線で帰ることに。乗車15分前にもかかわらず、食い意地に負けて駅構内の「博多一幸舎」へ。ごくあたりまえの博多ラーメンを堪能いたしました。


ありがたいことに「さくら」の指定席が空いていて、三浦しをんのかなりどぎついエッセイ集など読みながら鉄路つつがなく新大阪へ戻ったのでした。


戻ってすぐにまた仕事だったのですが、いたずら心をおこして「博多一幸舎」を検索してみたところ、大阪駅構内に出店上がることを発見。なんだかフクザツな気分になりつつも「まあブルゴーニュワインはブルゴーニュで飲んでこそ真骨頂がわかるって言うしなあ」
などと負け惜しみをつぶやくのでした。

震度6が破る平穏な朝。水屋を死守。備えあれば憂いなし。エレベーター難民にならないために。

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いやなんということのない普通の朝だったのだ。ご飯に味噌汁、卵焼きに大根おろしと、真っ当な伝統的朝食をいただいていたのである。トシのせいか5時半頃に目がさめるのでそのまま起きて、朝飯を作って、食べてしまう。6時半には一通り終わる。それからもう一回寝るのである。だいたい8時半頃まで寝る。二度寝は幸せである。


その、二度寝から醒めかけたころ、衝撃がやってきたのである。本当に、びっくりしたなあ、もう。機械的に突き上げられるような揺れがやってきた。半覚半醒の中、ダイニングルームの水屋に駆けつけて観音開きの扉を押さえ続け他のである。ここが突破されると、LDKじゅうがガラスと陶器の破片に埋められることになる。 実際に揺れていたのは20秒くらいだったと思うのだけど、長く感じられましたねえ。 私の家は大阪市北区天神橋で、下の地図を見るに、ほとんど震源地ではないか。

震災直後の書庫である。大惨状のようだけど、元々が散らかっているので、実のところ落下物はプラスチックのケースと、メガネ入れと、本が数冊だけだった。震度6としては奇跡的なほどの軽被害と言えるのではないか。 不思議なのは、落ちた本が全て「開高健全集」出会ったことで、同じように本棚の上に並べていた「山口瞳全集」「幸田露伴全集」「内田百間全集」はいずれも微動だにしなかったことで、やはり地元大阪出身の開高健が最も地震に驚愕したものと見える。

こちらが命を張って守った水屋である。足のところに防振ゲルを挟んでおいたのだけど、これもかなり有効であった。これから地震が襲来するかもしれない地域にお住いの皆さん、倒れたら困る家具には防振の備えをぜひ。

揺れが収まるや否や、バスタブに水を張った。断水前でもしばらくは水が出るので、できるだけ確保するのが肝要である。飲用でなく、トイレ用で。阪神淡路大震災のおり、神戸市中央区に居住していたので、被災ノウハウにはいささか通暁しているつもりである。


備蓄品の確認。水と麦茶が2リットル。カセットガスが5本。各種電池とLEDの懐中電灯にランタン。ラジオ。ファーストエイドキット(常備薬と小さな怪我対応)それに即席麺。まあ食い物飲み物はもっと冷蔵庫にあるから、2日くらいの籠城も大丈夫か。


取引先から色々と電話が入り、無事確認のメールやメッセージも多い。自宅のPCでそこそこ対応はできるけど、会社に置いてきた資料を見な…

社会的動物としてのゴルフ。至高の麻婆茄子。ヒミツの京都。

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会社のゴルフコンペで西宮高原ゴルフ倶楽部に行った。写真の主はなかなかの腕前を誇る同僚である。私はレフティなのでこの逆となる。左サイドが広いので例外的に左利きに優しいスタートホールだった。


コンペの詳細は、優勝でも準優勝でもなく、7位だった。賞品がBRIDGESTONEのキャディバッグだったのだけど、全員参加のジャンケンゲーム賞品に進呈した。デザインが意に染まないゴルフバッグを持ち歩く趣味は私にはない。ビギナーの若い人が喜んでもらってくれたから、何よりである。

ゴルフから戻って扇町の「東海園」へ。車を運転しない私はコースで散々ビールを飲んでいたから、いきなりハイボールである。ここのピータンはある種のクセがあって、私の好みなんだな。


メインディッシュは当店自慢の「麻婆茄子」で、茄子の揚げ加減がなんともソリッドでたまらない。茄子を拾い上げながらハイボールをお代わりし、残った「あん」をご飯にかけて仕上げとする。見た目はどうあれ、ゾッコンな食べ方なのです。


その翌日はヒミツの用事で京都へ。私が生息する南森町から京阪天満橋までわずかひと駅。そこで差額500円を投じて「京阪プライムカー」へ。これはいいもんです。新幹線のグリーン車や国内線のスーパーシートよりよく出来ていて。京阪三条まで至福の時間になります。後の京都における呆れた行状は、まあまたのご機会に。