我信ず荒唐無稽なるがゆえに。北方謙三「岳飛伝」夏見正隆「ゼロの血統」三浦しをん「天国旅行」に安倍夜郎「深夜食堂」で過ごす夏。

始めに言葉ありき。人間は言語を介して思考を重ねたりねじ曲げたり引っ繰り返したりすることができるから、目の前の現実とかけ離れたところイメージを着地させることも容易である。端的にはそれを妄想というのだろう。

時分の頭の中でだけお芝居をしていれば何の問題もないけれど、それを文字に移してあまつさえグーテンベルグ以来の手技で印刷して刊行とかするから面倒なことになる。

中国は宋の時代を舞台にして、みずからの昭和学生運動〜原始共産国家幻想を元・明・清代の民衆伝奇である「楊家将」「水滸伝」に無理矢理ねじ込んだのが北方謙三である。北方版「楊家将」「水滸伝」に「血涙」「楊令伝」さらに「岳飛伝」とつながる宋代クロニクルは歴史小説歴史フィクションの域を完全に飛び越えて北方謙三の妄想そのものになってしまっている。

書いてる方は楽しいだろうなあ。おかげで読む方もついつい誘い込まれて上梓されるたびに買ってしまうのだけれど。


まあ北方謙三の妄想には通奏低音的に「思想」と「ドグマ」があるから物語に背筋一本通っているし、読み物としての多少の重みもある。

日本出版史上において最低最悪に近いものが夏見正隆の「天空の女王蜂」シリーズで、コミケに並べられるオタク同人誌に見られる「美人自衛官パイロット萌え萌え」な、通常の精神を持つものには堪え難い妄想がベースにある。そこに「遊星から来た物体X」的な宇宙怪奇生物による人類滅亡化があり、さらに「東西分割国家としての日本とその内戦」という佐藤大輔「征途」の設定まんまパクリがあり。

マンガでもここまでの厚顔無恥な設定はしないだろうし、各種オタク小説からの剽窃はやらんだろうとあきれるばかりである。あきれついでに無茶苦茶な作者におどらされてシリーズが出るたびに購入し、出張の友に重宝している我もまたいかがなもんかとうっすら自覚はしているのだけど。


これもひどい小説で終戦記念日前後を狙って刊行したとしか思えない。折からの「風立ちぬ」「永遠の0」にはじまるゼロ戦ブームに完全に便乗しました、みたいな。おまけに結構分厚い文庫本のくせにゼロ戦が登場するのはラスト数ページだけという牽強付会ぶり。北海道の熊撃ち猟師が実は海軍きっての名パイロットで、その身分を隠してロシアコミンテルンのオルグ部落を監視する隠密になっていて。その息子は中学生のくせに生まれて初めて握った操縦桿を操って空中格闘戦を演じるし。お前はアムロレイか。

あまりにアホらしくて大阪富山間のサンダーバードで新大阪駅あたりから読み始めて福井に着くまでに楽しく読み切ってしまった。きっと書いてる夏見正隆も楽しんで書き散らしたんだろうなあ。


「自殺」をテーマにした七編の短編小説が載せられた三浦しをんの「天国旅行」は日常生活のなかであり得る「妄想」の持つ激しさを描いている。お馬鹿な上記三編とちがって、ヒトは妄想に命を委ねかねない生き物であることをリアルな筆致で現実感たっぷりに表現していてこの酷暑のなか冷えびえとしながら読んだ。やっぱ凄いや三浦しをん。


妄言空語はマンガのもつ専売特許みたいだけれど、真逆に市井の日常性を淡々と描いているのが安倍夜郎の「深夜食堂」シリーズで、気がつくともう11巻になってしまっている。ひとつひとつのお話はまあありえへんやろ、って感じの無理な設定なのだけれど店のディテールとか料理の説明などで現実感をしっかり着地されているからついフムフムと読み進んでしまう。


暑い夏も、ヒトを踊らせてくれるこんな本たちと、ちょっと弱めの冷房と、つけっ放しにしている高校野球があれば結構愉しく過ごすことができるんでありますね。

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