3月11日の誕生花 ミヤコワスレはピンク色

キャディバッグを新調した。51歳のオッサンが何するねんと言わんばかりのピンク色。前の赤いヤツが日焼けで色あせてしまったので。そう、40代は「燃えるような熱いプレイ」をモットーにして、ウェアから用具まで真紅で統一しておりました。石川遼のエピゴーネンにはあらず。今思い起こしても40代はありえへんような激動の10年間でありましたから、自身を鼓舞するために強烈な色が欲しかったようで。



ところが私、五十路をめぐる頃からだんだんピンクに惹かれるようになって。会社の名刺はウラの色を100色から選べるようになっているのだけど、何を考えているのかこんな名刺で仕事しています。




ちょいと社名だけはご勘弁いただいて。このピンクの名刺は相手に覚えてもらうには便利なんで、当分使い続けるつもり。名刺にあわせて名刺入れも同色でそろえている。黒いブコツな名刺入れから可憐な色を引き出すほど趣味は悪くないから。




着るものなんかにも桃色主義は波及をやめず。ネクタイはピンク系が多く、次いで紫色にダークブルーとなる。さすがにスーツは黒か紺。ピンクの上下で出社してみたい気持ちもないではないが。定年のその日にやってみようか。



こんなだから、足回りまでピンクを採用する。ジーンズやチノパンにあわせてこんなシューズを履いたりもして。前にいっぺんポロシャツからチノパンから靴に至るまで同じピンクでそろえたこともあったけど、周囲の反応は相当に冷たいものがあった。淡い同系色だけの組み合わせはよほど顔の彫りが深くないと似合わないらしい。




私の誕生日は3月11日である。日本史の中でも忘れられることのない強烈な日となってしまった。この日の誕生花がミヤコワスレで、ピンクのかわいい花が咲きそろう。ピンク以外にも、青・青紫・白の発色もあるけれどピンクが一番可憐に思われる。演技かつぎじゃないけれど、50代の日々は誕生花の色に守られながらせめて平穏に、との願いを込めて。




もともと日本国内の山野に自生していたものが、園芸用に改良され茶花にも使用される。学名はキク科のミヤマヨメナ。開花時期は5〜6月でちょうど季節の花でもある。承久の乱で佐渡に流された順徳天皇が、この花を見ていると都を忘れることができると言われたことでこの名がついたとされるけど。


浪速のみやこから越中富山へ引っ越して1年と8ヶ月。私は別にミヤコワスレに望郷の念は託しておりませぬ。県民の皆様には誤解なきよう。色が気に入っているだけなんで。



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