国民作家のマクラ

かつて自らを国民作家と称する、吉川英治なる人物がいた。「新書太閤記」「宮本武蔵」で知られる。少年時代はよく読んだ。英雄豪傑の伝記ほど、コンプレックスに悩む男の子を鼓舞するものはないからね。墨股の一夜城とか、姉川の殿軍とか、恰好よかったなあ。

この吉川英治が講演の名手で、なにしろ貧困から身を起こした本物の苦労人だから、ひとたび語りだすや会場は嫋々たるむせび泣きにつつまれる、という次第。

そして、話のマクラを振るのが絶妙にうまかったらしい。どの本で読んだのか忘れてしまったけど、おぼえているゴシップがある。

京都で講演をした時のエピソード。

何しろ京都人なるものは、歴史に関しての自尊心きわめて強く、たいがいの話題では納得しない。おまけに「さすが1300年の王城の地、やはり京都が一番ですね」と褒めてやらないと承知しない。面従腹背、いやらしいことこのうえない。まあ「いけず」な土地柄であると、誰かに聞いたような気がする。

そんな風土で歴史小説について講演するのだから講師も大変なわけで。で、吉川英治がいかなるマクラを振ったのか。

「え~。わたくし、先日、青森の方へまいりまして」

とはじめたそうな。講演会の主催者は青くなったことでしょうな。何で京都で青森なんだと。

「駅長室に通されました際に、壁に掛けられた額に書かれた『和』という文字の素晴らしさに感動いたしました」

と続けたんですな。そして矢庭に、

「湯川博士のお書きになったものでした」

と締めたという。見事なもんです。私は日本人がノーベル賞を貰うたびにこのエピソードを想い出して、独り笑いする。

いまどきの若い人は湯川博士といっても知らないだろうから、念のため。日本人で初めてノーベル賞を受賞し、戦後の日本人に日の丸のトビウオこと古橋広之進ともども勇気を与えた人物。京都生まれの京都育ちで、京大卒。たしか兄弟そろって京大で、みな学者になったはず。

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