アキレスと亀

まったくギリシャ故事と一緒である。越中富山発19時50分のサンダーバードで帰阪する甘木君と、駅前の居酒屋でしばしの別れを惜しみつつ、富山風のちょいと塩味が勝ったおでんで一杯傾けていたのは19時半のこと。そのまま駅前で袂を別って幾数刻。どちらが先に自宅に到達するか。


出かける前の松川沿い

甘木君の仮寓はJR大阪駅より推測で10分ばかり。この雪の中、特急サンダーバードが遅延もせずに大阪駅のホームにたどり着けば、23時13分の定時到着から10分後つまり23時23分には堂島二丁目あたりの単身アパートに彼が到着する。

一方、彼とともに富山の名物居酒屋「親爺」で下地をこしらえた私が、そのままに松川べりまで帰るとは、閻魔様でも信じるよすがもない。当然のごとく桜木町のスナックに進撃するのは自明の理であろう。

お酒の面白さで、時間と飲酒量が見事に反比例する。呑めば呑むだけ残り時間は加速度的に進行して、さっきまで一時間が経つのにずいぶん長かった気がするのに、次の一時間はあれれというまに経過してまう。e=mc2 のアインシュタイン方程式を持ち出すまでもなく、時空にはある種の歪みがあるとしか思えない。

甘木君が座乗しているサンダーバード50号は、富山駅を出発してからひたすらに大阪めがけて線路上を走る。原始的な一次元の世界であって、進行速度と時間を乗してしまえば簡単に距離という和があらわれる。平均速度100キロで進行すれば自動的に3時間30分後には大阪駅に到着する。

これは一般相対性理論を持ち出すこともなく、紀元前のユークリッド幾何学で簡単に求められる解でしかない。まあ、飲み屋といえばカラオケ女性と言えばキャバクラのあおいちゃんへと一直線に目線が行く甘木君にすれば、当たり前の直線的関数計算である。

年を経た老狐である私にはそんな直線計算は通用しない。カリブ海上で蝶が羽ばたいた風がいずれハリケーンに結びつく、フラクタル関数で中年は生きているのである。ひょっとして私が所属する会社の歴史に残るかも知れない富山駅ちょいと手前の別れから、雪道を歩くこと数分で私の本能は帰宅よりも桜木町での数刻を選んでしまったのである。これは個人の意思でなく、全くに足任せにしたことで、気がついたら松川を越えてネオン街に向かってしまっていた。これぞ先験的トランツェンデンタルな出来事と言うしかない。

気温零下の雪道を越えて、人声とぼしき店に参上すれば歓迎は当然のこと。あらゆる商取引において銭金を労するものは王様であるから、もちろん厚遇され、気分のいい時間をたのしんでしまった。日本テレビ系列の高視聴率番組「秘密のケンミンショー」は毎週欠かさないのだけれども、店の人間とのナマの会話に時を忘れてしまったのである。

ギリシャ故事によれば、かのアキレスは亀とも競争させられたとか。いかに俊足のアキレスといえども、1キロを走る間に亀も数寸前進するからどこで追いつけるか追い越せるか。この謎解きで人類は微分積分の叡智を獲得したらしい。

私が桜木町のスナックで駄弁を弄している間にも、サンダーバードは時速100キロで大阪に接近する。一方、店の主人と盛り上がっている私には加速装置がついているかのごとく時計の長針が回っていく。もうこれはあかん、甘木に抜かれてしまうと腰を上げたのが11時。

降雪量ざっと40センチかな

降雪予報によるならば、2月3日から7日まで連続で「雪」。朝から晩までずっと「雪」の予報を、越中生活たかが三ヶ月で甘く見たのが失敗だった。店を出てみればごらんの状態で、細心の注意を払いながら歩かないと、転倒事故に遭遇しかねないほどに積もっていたのだから。

平常ならば3分もかからぬ道のりを、10分近くかけて帰宅し、服に積もった雪を払いさらに身の回りを片付けること数分でスタンバイにこぎ着けた。たとえまあギリギリであったとしても、北陸本線に事故遅延がない限りにおいて、メロスは処刑に間に合ったのである。あっぱれ勇者メロス。

                


でもさあ、言い訳じゃないけどたった数百メートルの間に、こんなスノーオーバーハングを越えていかないと、家に帰り着けないんだよ。やっぱここはほんまに雪国やと思う。すでに雪はめずらしいものではなく、日常に辛く面倒くさいものになりつつあります。

コメント

  1. 甘木であります!2010年2月5日 2:47

    甘木であります!
    記事がアップされるのを待っておりました!

    今、勉強中の経済物理学のフラクタル関数の
    話が出てきて、ちょっとびっくり。
    老狐殿へ興味関心度が高い小生は銘酒「立山」
    の肴となるネタができてうれしい限り。

    このツルツルの脳みそに上質なシワを創りた
    くて貪欲に活動する小生にとっては有難い話
    であります。

    そして帰り際になんとか購入することができた
    富山の名物のひとつ「黒作り」をつまみながら
    ビールを飲んで今から寝るのでありました。
    (あおいちゃんに会えなかったことを後悔しながら。。)

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